第0026話 老将軍
老将軍は酒場の中央に歩み寄り、重い身体を椅子に沈めた。
誰もが息を呑む中、彼の影だけが床に長く伸びる。
「……頼みがある。」
再び低く告げられた声は、傷んだ木の卓を震わせるように響いた。
最初に口を開いたのは、やはりシルヴィアだった。
「おやおや、また堅物の御仁がご来店ね。注文はワイン? それとも秘密話?」
わざと軽口を叩いてみせるが、その視線は素早く男の腰の鞘と手の震えを観察していた。
老兵の緊張は冗談でほぐれるほど浅くない、とすぐに悟る。
将軍は笑わない。ただ、渇いた眼差しを四人に向ける。
「息子が……主君暗殺の共犯とされた。だが、奴は無実だ」
酒場の空気が再び凍り付く。
重すぎる言葉。酔客の何人かは互いに顔を見合わせ、椅子を引きずりながら遠巻きに下がっていった。
ライネルが重い声で問う。
「証拠は?」
「神殿に残された足跡だ。……だが、それが決定打とされ、息子は牢に繋がれた。やがて自ら命を絶とうとした……。処刑の刻限までに、無実を示さねばならん」
沈黙。
卓上のワインの表面が、まるで時を止めたように揺れぬまま光を映している。
マリーベルが拳を卓に叩きつけた。
「ふざけてるわね! 足跡なんて、簡単に偽造できるだろうに!」
炎の魔力が彼女の髪先にまで灯り、周囲の客が慌てて距離を取る。
アリアは胸に手を当て、かすれた声で呟いた。
「でも……彼は死のうとした。それほどに追い詰められているのね……」
彼女の瞳には水面のような憂いが浮かび、ハープの余韻がまだ微かに鳴っていた。
シルヴィアは肩をすくめる。
「命を絶とうとしたって? そりゃまた厄介な話だ。無実でも、生きる気力を失ったやつを救えるかどうか……」
けれど、その目にはほんの一瞬、同情の色が宿っていた。
ライネルは眉間に皺を刻む。
「期限は?」
「三日だ」
将軍はため息を洩らすように答えた。
「三日のうちに無実を証明できなければ、息子は……斬首される」
三日。
短すぎる時の枷。その言葉は四人の胸に鋼の鎖のように食い込む。
マリーベルは歯を食いしばり、
「三日? 冗談でしょ。人一人の命を左右するにしては、あまりに短すぎる」
ライネルは目を閉じ、深く息を吐いた。
「だが、それが現実だ。……やるしかない」
アリアは震える声で祈りを唱えた。
「どうか、この人の願いが虚しく終わりませんように……」
そしてシルヴィアが手を打ち鳴らすように言った。
「ま、決まりだね。困難だからこそ、やる価値がある。――でしょ?」
四人は視線を交わした。
炎と剣、祈りと風。それぞれ異なるものを背負いながらも、同じ一点に重なっていく。
酒場の灯火の下で、彼らは声を合わせた。
「――我ら四元素の探偵団、引き受けよう」
将軍の肩が、ほんのわずかに震えた。
それが安堵か、それとも後悔か。誰にも分からなかった。




