第0025話 寛ぎ
石畳を濡らす夜霧の向こう、路地裏にひときわ賑やかな明かりが灯っていた。
「四葉亭」と彫られた木の看板の下には、客の笑い声と楽器の音、
そして肉を焼く匂いが漂い、通りを歩く者を誘い込む。
一見すればただの酒場。だが常連なら誰もが知っていた。
ここは同時に、四元素を司る異能の者たち――四元素探偵団の拠点でもあるのだ。
カウンターの奥では、火属性の魔法使いマリーベルが炎を指先で灯し、
客の煙草に火をつけてやっている。
「ほらよ、追加料金は要らないわよ。ただし、次はちゃんとワインを頼みなさいな」
「へへ、ありがてえ」
一方、壁際の席では風の盗賊シルヴィアがカードを切り、
酔客を相手にした賭け事でちゃっかり小銭を稼いでいた。
「ほら、また私の勝ち。あんた、給金を全部置いてっちゃって大丈夫?」
「ぐぬぬ……」
土の騎士ライネルは、そんな騒ぎを苦々しい顔で眺めながら、頑丈な腕を組んでいた。
「酒場は酒を飲むところであって、財布を軽くする場所じゃないはずだ」
「まあまあ、硬いこと言わないでよ」
シルヴィアは肩をすくめ、勝ち取ったコインを器用に指で弾く。
そして、テーブルの端では水の僧侶アリアが静かにハープを奏で、騒がしい場を少しだけ和らげていた。
彼女の指が弦をなぞるたび、柔らかな旋律が波紋のように広がり、荒れた酔客たちの声を不思議と落ち着かせる。
――四元素。それぞれが勝手気ままに振る舞いながらも、不思議と均衡を保っている。
この混沌と調和の同居こそが、四葉亭の看板そのものだった。
「で、次の依頼はまだ来てないの?」
マリーベルがカウンター越しに問いかけると、アリアは小さく首を振る。
「しばらく静かね。珍しいわ。きっと皆、秋祭りで忙しいのかも」
シルヴィアがにやりと笑う。
「それか、ウチの噂が広まりすぎて、悪党どもが身を潜めてるんじゃない?」
「ならば良きことだ」ライネルは短く答える。
そんな取り留めのない会話が交わされる夜。
扉の軋む音が、突然、空気を変えた。
重々しい鉄の蝶番が鳴り、酒場の喧騒が一瞬止まる。
入ってきたのは、鎧を脱ぎ捨てた老将軍――髭に白雪を宿し、肩には敗軍の重みを背負うような男だった。
その眼差しは鋭く、同時に深い疲れを滲ませていた。
彼が踏み入れた瞬間、客の笑い声は消え、四葉亭は不思議な沈黙に包まれた。
「……頼みがある。」
老将軍の低い声は、場の空気をさらに沈めた。




