表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
249/314

第0249話 嫌な感情も甘くなるものね

 春の光が、四葉亭の窓を淡く染めていた。

 灰の残る暖炉の中で、ライネルは重い鎧を脱ぎ、椅子に腰を下ろす。

 外では、雨の後の泥が乾き、村の小道にほのかな土の匂いが漂っていた。


「……もう、動かぬ石も、人も、落ち着いたようだな」

 ライネルは低くつぶやく。

 その言葉には、土属性の騎士らしい沈静と、達観が混ざっていた。


 シルヴィアがカーテン越しに外を眺めながら、くすりと笑う。

「ねえ、ライネル。あの石像のせいで、みんな怖がってたけど……

 結局、怖がったのは“自分たちの心”だけだったんだよね」

「そうだ」

 ライネルは頷き、灰の中の小さな火を見つめる。

「静かさに害意が宿ることはある。だが、害意は心の中にある。

 石そのものには、なかった」


 マリーベルは火の残り香を吸い込み、杖を磨きながら笑った。

「やれやれ、あの石も、いろんな人の“誤認”に振り回されて、さぞ大変だったことでしょうね」


 アリアはそっと手を組む。

「……でも、石は私たちを裁かなかった。

 害意は、誤認を通して芽吹いたけれど、石そのものは静かに、全てを受け入れていました」


 四人が静かに窓の外を見つめると、ラズロが扉を開け、優しく頭を下げた。

「皆さん、本当にありがとうございました。妻も、村も……皆、無事に日常に戻れそうです」


 ライネルは軽く頭を下げた。

「我々はただ、見誤りの連鎖を解き、害意を鎮めただけだ」


 しかし、シルヴィアが微笑む。

「でも、それって“嫌な感情”を祝福したことと同じじゃない?」

 マリーベルが眉を上げ、アリアが頷く。

「嫌な感情――恐れや疑念――も、私たちが認めることで力を失すのね」

「害意を祝福することで、害を止める」

 ライネルの口元に、わずかな笑みが生まれた。



 その日の午後、四葉亭の外庭で、彼らは小さな茶会を開いた。

 土の香りが漂う庭、風に揺れる花、火の温もり、そして水の清らかさ――

 四つの属性が、静かに調和していた。


 シルヴィアは小さな茶碗を手に、楽しそうに茶を注ぐ。

「ほら、恐れも疑念も、この茶と一緒に飲んじゃえばいいのよ」

 マリーベルは笑いながら紅茶を一口。

「ふん、嫌な感情も甘くなるものね」


 アリアはそっと手を合わせ、心の中で祈る。

「すべての誤認も、害意も、祝福されますように」

 ライネルは、静かに地面に手を置き、土のぬくもりを感じた。

「そして、静けさこそが力であることを、忘れぬように」


 外の世界では、狸が森の中で人を妖怪と見間違え、また笑う。

 だが、それもまた自然の秩序のひとつであり、

 四人には、もう恐れはなかった。


 ――嫌な感情は、受け入れることで祝福に変わる。

 静けさの中で芽吹いた害意も、理解されることで消えていく。


 四葉亭の窓の外、光はゆっくりと村を照らし、

 雨に濡れた石畳は、微かに輝きを取り戻していた。


 その光景を見つめながら、四人は互いに笑みを交わした。

 世界はまだ、誤認と静けさの中に揺れている。

 だが、彼らの心は、もう揺れなかった。


 ――“動かぬ石”の物語は終わった。

 そして、嫌な感情を抱くすべての者に、

 静かなる祝福が降り注いだのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ