第0249話 嫌な感情も甘くなるものね
春の光が、四葉亭の窓を淡く染めていた。
灰の残る暖炉の中で、ライネルは重い鎧を脱ぎ、椅子に腰を下ろす。
外では、雨の後の泥が乾き、村の小道にほのかな土の匂いが漂っていた。
「……もう、動かぬ石も、人も、落ち着いたようだな」
ライネルは低くつぶやく。
その言葉には、土属性の騎士らしい沈静と、達観が混ざっていた。
シルヴィアがカーテン越しに外を眺めながら、くすりと笑う。
「ねえ、ライネル。あの石像のせいで、みんな怖がってたけど……
結局、怖がったのは“自分たちの心”だけだったんだよね」
「そうだ」
ライネルは頷き、灰の中の小さな火を見つめる。
「静かさに害意が宿ることはある。だが、害意は心の中にある。
石そのものには、なかった」
マリーベルは火の残り香を吸い込み、杖を磨きながら笑った。
「やれやれ、あの石も、いろんな人の“誤認”に振り回されて、さぞ大変だったことでしょうね」
アリアはそっと手を組む。
「……でも、石は私たちを裁かなかった。
害意は、誤認を通して芽吹いたけれど、石そのものは静かに、全てを受け入れていました」
四人が静かに窓の外を見つめると、ラズロが扉を開け、優しく頭を下げた。
「皆さん、本当にありがとうございました。妻も、村も……皆、無事に日常に戻れそうです」
ライネルは軽く頭を下げた。
「我々はただ、見誤りの連鎖を解き、害意を鎮めただけだ」
しかし、シルヴィアが微笑む。
「でも、それって“嫌な感情”を祝福したことと同じじゃない?」
マリーベルが眉を上げ、アリアが頷く。
「嫌な感情――恐れや疑念――も、私たちが認めることで力を失すのね」
「害意を祝福することで、害を止める」
ライネルの口元に、わずかな笑みが生まれた。
*
その日の午後、四葉亭の外庭で、彼らは小さな茶会を開いた。
土の香りが漂う庭、風に揺れる花、火の温もり、そして水の清らかさ――
四つの属性が、静かに調和していた。
シルヴィアは小さな茶碗を手に、楽しそうに茶を注ぐ。
「ほら、恐れも疑念も、この茶と一緒に飲んじゃえばいいのよ」
マリーベルは笑いながら紅茶を一口。
「ふん、嫌な感情も甘くなるものね」
アリアはそっと手を合わせ、心の中で祈る。
「すべての誤認も、害意も、祝福されますように」
ライネルは、静かに地面に手を置き、土のぬくもりを感じた。
「そして、静けさこそが力であることを、忘れぬように」
外の世界では、狸が森の中で人を妖怪と見間違え、また笑う。
だが、それもまた自然の秩序のひとつであり、
四人には、もう恐れはなかった。
――嫌な感情は、受け入れることで祝福に変わる。
静けさの中で芽吹いた害意も、理解されることで消えていく。
四葉亭の窓の外、光はゆっくりと村を照らし、
雨に濡れた石畳は、微かに輝きを取り戻していた。
その光景を見つめながら、四人は互いに笑みを交わした。
世界はまだ、誤認と静けさの中に揺れている。
だが、彼らの心は、もう揺れなかった。
――“動かぬ石”の物語は終わった。
そして、嫌な感情を抱くすべての者に、
静かなる祝福が降り注いだのだった。




