第0243話 雨上がりの朝
雨は止み、灰色の雲の間から柔らかな朝光が差し込んでいた。
四葉亭の扉を押すと、雨に濡れた石畳が微かに光り、屋根のしずくがぽたりと落ちる。
アリアは外套を脱ぎ、長い髪を整えた。
かつて尼だった影はもうなく、代わりに柔らかな生命の匂いが彼女を包む。
彼女の胸には、雨の音とともに、まだ心に残る“愛と信仰の交錯”があった。
ライネルはいつものように静かに角の席に座り、珈琲を手にしていた。
土の騎士は、言葉少なに、しかし確かに守りたいものを胸に抱く。
その姿は、雨に濡れた石畳よりも堅く、揺るぎない。
シルヴィアは窓際に腰を下ろし、雨上がりの空を指差す。
「見て、虹よ」
その軽口の背後には、心の奥で芽吹いた不安と希望の交錯があった。
マリーベルは火打石を磨きながら、あえて声を張らずに言う。
「やっと、片付いたのね……」
怒りっぽさの残滓は、達成感の温度に変わっていた。
エリナは、四人の前で微笑む。
その笑みは、禁じられた儀式の重さを知りながらも、現実を受け入れた清澄さを帯びていた。
「皆さんのおかげで、愛も信仰も、ひとつになりました」
アリアが、静かに頷く。
そして心の奥で、かつての禁忌や罪悪感を祝福するように手を合わせる。
――嫌な感情は、もはや縛りではなく、心の深さを示す指標となった。
ライネルが口を開く。
「枯れたものでも、芽吹かせることはできる――それは人の心だ」
シルヴィアが笑い、マリーベルも短く頷く。
四人はそれぞれの方法で、あり得ぬことを受け入れていた。
外では雨の匂いが土に染み込み、空気は澄んでいる。
雲間から差す光が、石畳と屋根を金色に染めた。
虹はもう、誰のものでもない。
四人の心の中にだけ、ひそやかにかかっている。
アリアは、微かに声を出す。
「……もう、後悔はありません。すべて、あり得ぬことが教えてくれたのです」
ライネルが杯を掲げ、静かに言った。
「ならば、祝杯を」
シルヴィアも、マリーベルも、微笑んで杯を重ねる。
雨上がりの朝に、四人の影が揺れる。
それは、過去の罪も、愛も、信仰も、すべてを包み込む光だった。
――あり得ぬことは、心の真実を映す。
そして今日、彼らはその真実を祝福したのだ。
雨宿りは終わり、世界は静かに動き出す。
四葉亭の扉が閉まる音が、まるで未来への扉の鍵のように響いた。




