第0002話 盗賊団との契約
翌朝、四葉亭の広間はまだ酒と汗の匂いが漂っていた。夜の乱闘の跡が残る床を、店主がぼやきながら片付けている。
木の扉がきしむ音とともに、昨夜助けられた村娘とその父が姿を見せた。父親はまだ疲れ切った様子だったが、目の奥には必死の光があった。
「頼む、昨日の勇敢なお方たち。どうか我らの村を救っていただきたい」
ライネルは重苦しく腕を組んだまま、黙って相手を見ていた。
代わりに、風の盗賊シルヴィアが机にひょいと腰を乗せ、軽口を叩く。
「救ってほしい、ねぇ。依頼ってことなら報酬はあるんだろ?」
村人の顔に影が差す。
「……金貨はほとんどない。だが穀物と、村の名産である織物を……」
「穀物と布か。まあ、飢えるよりマシか」
シルヴィアは肩をすくめて笑った。
火の魔法使い、マリーベルは腕を組み、苛立たしげに足を鳴らした。
「盗賊退治だなんて、私の火を思い切り使えるじゃない。望むところよ」
「また町を燃やさぬようにしていただきたいがな」
ライネルが低く釘を刺すと、マリーベルは剣呑に睨み返す。
「あなたに言われる筋合いはないわ」
その間に割って入るように、水の僧侶アリアが手を合わせた。
「わたし……人を救うなら、何だってする。報酬なんていらない。ただ……一人じゃ嫌。みんなでなら、頑張れるから」
その声に、ライネルは短く息を吐いた。
「……村を襲う盗賊はどの程度の規模だ」
「三十人ほど。武装も重い。だが、あなた方ならきっと……」
村人の声は震えていた。
その時だった。酒場の扉が大きく開かれ、冷ややかな空気が流れ込んだ。
絹の外套を纏い、胸に家紋を掲げた数人の若者が入ってくる。その中央に立つのは金髪の青年騎士、顔立ちは整い、鎧も華美に磨かれていた。
「この依頼、我ら“白鷲騎士団”が受けよう」
青年は高らかに宣言する。
「辺境の小村を救うのも、貴族の責務というものだ」
シルヴィアが小声で吹き出した。
「お貴族様のご登場だ。ああいうのが一番やっかいなんだよね」
マリーベルは眉をつり上げ、椅子を蹴った。
「私たちが先に依頼を受けたのよ。横取りする気?」
「横取り? 冗談を言うな。粗野な寄せ集めより、血統ある騎士団の方が村人も安心するだろう」
青年騎士は嘲笑を浮かべ、視線をライネルに向けた。
「その暗い鎧の男。お前が頭か? 兵の指揮すらできぬ流浪の騎士風情に、大義は任せられぬ」
ライネルの目が、わずかに光を帯びた。
「俺に大義などない。ただ剣を振るうだけだ」
「ほう、誇りすら捨てたか。哀れなものだ」
重い空気が広間を覆う。だがアリアが震えながら声を上げた。
「け、喧嘩しないで……! 依頼は、私たちが……!」
その必死さに押されるように、店主が両手を上げた。
「まあまあ、ここで争っても仕方あるまい。ではこうしよう。村人の依頼は“両方の一団”に課す。どちらが盗賊団を討伐し、村を守るか――結果で示せ」
青年騎士は自信満々に頷いた。
「良かろう。我らの勝利は約束されたようなものだ」
シルヴィアがにやりと笑い、ライネルの肩を軽く叩く。
「さあ暗い騎士さん、腕の見せどころだね」
マリーベルは燃えるような瞳を宿し、アリアは不安げにライネルを見上げた。
ライネルは剣の柄を握り直し、短く言った。
「行くぞ。俺たちの戦いは、もう始まっている」
こうして、四人と白鷲騎士団の競争が幕を開けた。
重苦しい土、奔放な風、烈火の炎、流れる水――それぞれの想いを抱えたまま、道は盗賊の巣へと続いていくのだった。




