第0170話 依頼の糸口
石畳の街路を抜け、四葉亭の灯火を背にした一行は、
依頼の糸口を追って旧市街の奥へと足を踏み入れていた。
夜風は冷たく、霧が地を這う。シルヴィアが肩を竦め、軽口を叩く。
「はぁ、雰囲気は最高に不気味だね。……で、本当にここに“石を狙う連中”が潜んでるの?」
マリーベルは火打石で灯した松明をかざし、苛立った声を放つ。
「文句ばかり言うな。依頼は依頼だろう。
放っておけば、また愚かな目撃談が蔓延して、誰かの命が軽んじられる。」
アリアは不安げに祈りの珠を握りしめ、静かに呟く。
「……でも、本当に“山地乳”なんて存在するのでしょうか。
人の寝息を吸い取るなんて……ただの昔話のはずなのに。」
ライネルは眉間に皺を寄せた。土属性の騎士らしく、言葉は重く沈む。
「虚構が真実を覆い隠す。まさにそれが問題なのだ。
あの目撃者の錯覚が、犯人に意図せぬ“枷”を与えた。
今度は我らが錯覚に呑まれる番かもしれん。」
その時だった。暗がりから複数の影が浮かび上がる。
覆面をした男たち、刃物のきらめき。
石を奪い合う組織の手の者たちである。
「ほぉ……探偵気取りで嗅ぎ回ってるってのはお前らか。」
男のひとりが嘲るように吐き捨てた。
シルヴィアが口元を歪める。
「出た出た、“逆・売買”の匂い。高く売れる石と、売れない石……。
まさかあんたら、肝まで扱ってるんじゃないだろうね?」
刹那、空気が張り詰める。敵対者が口にした噂は、
まさに「生き肝が病を癒やす薬になる」という禁忌の商売。
命と価値が入れ替わる世界の、
もっとも醜悪な現実が姿を見せた瞬間だった。
ライネルは剣を抜き放つ。
「虚構に踊らされ、人を石と同じように値踏みする……おぞましい。」
しかし敵はただの賊ではなかった。
彼らはある「合言葉」を口にし、互いを確認し合うと、
まるで影に紛れるように街路の奥へと消えていく。
「合言葉……」アリアが呟く。
「これが未来の“ひねり”です。警察や探偵さえ、その合言葉で潜入できるのなら、
真実と虚構の境目はさらに混乱する……」
追跡は難しい。残されたのは、虚構めいた囁きと、人命が取引の対象となる冷たい事実。
マリーベルが舌打ちする。
「最悪ね。証拠も掴めないし、石どころか人の心臓まで狙われてるなんて……」
四人は立ち止まった。
障害は単なる敵対者の妨害ではない。
それは「現実と理想の落差」そのもの。
人を救いたいという理想と、人を売買する現実の残酷さがぶつかり合い、
彼らの胸を重く締めつけていた。
だが、ただ黙ってはいられない。
ライネルが深く息を吐き、仲間を見渡す。
「我らが歩む道は泥にまみれようとも、真実を掘り起こすしかない。
虚構の石に欺かれぬようにな。」
シルヴィアが軽く笑う。
「まったく暗いね、あんたは。でも……そういうの、嫌いじゃないよ。」
アリアの頬にかすかな涙が滲む。
「もし真実に辿り着ければ、きっと誰かが賞賛してくれる……そう信じたい。」
霧深い夜の街路で、彼らは再び歩き出した。
虚構が真実を食い荒らすこの世界で、嫌な感情に「待った」をかけるために――。