第0017話 祟り
酒場の扉が軋み、冷たい夜風が吹き込んだ。
入ってきたのは、村の猟師と見える男だった。
頬には深い傷跡、片目は布で覆われている。
「……聞いたか」
低い声が酒場のざわめきを一瞬で凍らせる。
「また一人、消えた」
ユリシアが立ち上がった。
「消えた……って、誰が?」
「粉挽き小屋の娘だ。昨夜から戻っていない。
……祠の近くで足跡を見たって奴もいる」
場がざわつく。
「また祠だ……」「やっぱり祟りじゃ……」と噂が広がる。
ライネルは眉をひそめた。
「消えた人間……足跡……。ますます事件は複雑になった」
「複雑? 簡単でしょ」
マリーベルが椅子を蹴って立ち上がる。
「犯人は祠に関わってる。
連れ去り、足跡を偽装して、
みんなを怖がらせてる。
それだけ」
「そう思わせたい誰か、って線もあるけどな」
シルヴィアが口の端を吊り上げた。
「でも“娘が消えた”のは現実だ。オレらは助けに行くしかない」
ユリシアは唇を噛む。
「……お願いします。もし、あの子が祠に囚われているなら……」
ライネルは頷き、決意を込めて言った。
「行こう。だが焦るな。相手は時間を操り、証拠を逆に見せかける。
次はもっと大胆な仕掛けをしてくるだろう」
その夜。
霧が濃く、ランプの明かりさえぼやける路地。
四人は祠へ向かって歩いていた。
アリアが静かに祈りを唱え、道を照らす。
「導きたまえ……」
だが、次の瞬間。
シルヴィアが足を止め、片手を前に突き出した。
「……待て」
その目に映っていたのは――祠の前に立つ“娘の姿”だった。
白い服が闇に浮かび、だが表情は見えない。
「おい、あれ……!」
マリーベルが身構える。
ユリシアが声を張り上げる。
「ミレイユ! 戻ってきて!」
だが娘は、こちらに背を向けると――逆さに歩き出した。
地面に靴跡が、後ろ向きに刻まれていく。
「……っ!」
ライネルの胸に戦慄が走る。
「幻視か……? それとも時間の逆行……」
アリアの祈りの声が震えた。
「これは……人の仕業では……」
少女の姿は霧に溶けるように消え、
残ったのは逆向きに連なる足跡だけだった。
沈黙。
ただ霧が石畳を這い、夜の冷たさを増す。
ライネルが唇を引き結び、仲間たちに告げた。
「……次は、我々自身が“逆に歩かされる”かもしれない。覚悟を持て」
その声は、重く夜に響いた。