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第0163話 詰め所
詰め所に戻ると、ラウルはなおも必死に訴えていた。
「俺は見たんだ! 博士が短剣を突き立てるのを! 騎士は一声もあげられず……」
しかし、騎士団の兵士が眉をひそめる。
「馬鹿なことを言うな。博士はその夜、組合の議事録に名が残っている。十人の証言もある。逆立ちしても殺しには行けまい」
「だが、だが! 俺の目は確かだ……!」
ラウルは机を叩き、涙を滲ませる。
ライネルは黙ってそのやりとりを聞きながら、胸に重苦しい塊を抱えていた。
「――確かだ」と言い切る目撃者。
「――不可能だ」と断言する証人たち。
どちらも揺るぎなく、だが両立はしない。
その「矛盾」が、嫌な感情をじわじわと膨らませていく。




