第0158話 雨上がり
雨は止み、街には静けさが戻っていた。
四葉亭の前には、昨夜の騒動を語り合う人々の群れが残っている。
だが、彼らの視線の先には、もう牢となった雨も、雷鳴もない。
バネッサは四葉亭の階段に座り、静かに空を見上げた。
胸の奥には、今もあの地下で感じた嫌な感情の残響が残っている。
恐怖、疑念、怒り——
それらはもはや、逃げるべきものではなく、受け入れるべきものになっていた。
ライネルが隣に腰を下ろし、剣を地面に突き立てる。
「お前は変わったな。あの夜から」
バネッサは微笑み、短く頷く。
シルヴィアは肩越しに笑いながら酒を飲む。
「嘘で人を集めたけど、それが新しい真実を生んだ。俺は嫌な感情ってやつ、少し見直したぜ」
マリーベルは炎の杖を置き、深く息を吐く。
「抗うことは、時に正義より強い。そう気づいたわ」
アリアは静かに祈り、バネッサを見つめる。
「嫌な感情を祝福する。それは勇気ある選択です」
バネッサはゆっくりと立ち上がり、集まった人々の方へ歩き出した。
「昨夜、私は言いました。仇討ちではないと。真実を舞台に立たせるための挑戦だと」
その声は雨上がりの空気に澄んで響く。
「そして私たちは、その挑戦を成し遂げました。嫌な感情を抱えながらも、それに抗い、祝福したのです」
広場には拍手が起こった。
嘘で始まった物語は、人々の心に確かな光を残した。
それは虚構と現実の間に生まれた、新しい真実だった。
雨の匂いが街に漂い、バネッサは静かに目を閉じる。
――あり得ぬはずだったことが、現実になった。
そしてその現実は、彼女自身の心を変えた。
彼女の胸に、確かな覚悟が芽生える。
「これからも……嫌な感情を恐れず、祝福していく」
四葉亭の前で、仲間たちと共に。
新たな物語が、静かに始まろうとしていた。