第0156話 雨は牢となり、嘘は舞台となり
雨はまだ降り続けていた。四葉亭の外は深い夜の闇に包まれ、石畳には水の鏡が揺れている。
地下から持ち帰った「雨牢」の刻印が、依頼人の手の中で微かに震えていた。
「これが……依頼の鍵になるのか」
ライネルが低く呟く。剣の柄を握る手に力がこもる。
「依頼人は私たちに真実を隠した。そして、嘘で人を導こうとした」
マリーベルが炎の杖を揺らす。
「でも、それは彼女なりの工夫だったのよ」
アリアは静かに頷く。
「嫌な感情……恐怖や疑念を抱えながら、私たちはそれに抗ってきた。それ自体が反論の形なのです」
シルヴィアは肩越しに笑う。
「嘘の仇討ち、って話は確かに変だ。でも、その嘘が舞台を作ったんだ。人々を巻き込むための舞台だろ」
バネッサは四葉亭の奥にある小さな机に刻印を置き、指先でそっと触れた。
冷たい石の感触が、胸の奥の感情を呼び覚ます。
――恐怖、疑念、怒り。
そして、期待。
「私たちは、この舞台で決着をつける」
バネッサの声は揺るがない。
「依頼人の嘘を暴くためではなく、その嘘を利用して真実を示すために」
四人の狂言回しはそれぞれの意志を胸に、外へ出た。
雨は強まり、街全体を洗い流すように降り注ぐ。
広場には既に大勢の人々が集まっていた。
噂は広まり、依頼人の「仇討ち」の話は人々を惹きつけていた。
「準備は整った」
ライネルが剣を肩にかける。
「今こそ、虚構を現実に変える時だ」
シルヴィアは短剣を輝かせ、にやりと笑った。
「祭りみたいじゃねぇか。面白くなってきたぜ」
マリーベルは炎の杖を掲げる。
「真実を見せるためには、舞台を燃やす覚悟が必要ね」
アリアは祈りの声を高める。
「神も人も、その声に耳を澄ますでしょう」
バネッサは深く息を吸い、広場へ一歩踏み出す。
「私たちは、あなたたちに“見限られた者が闘う物語”を見せます」
その声は、雨音と雷鳴にかき消されず、確かに人々の心に届いた。
そして四葉亭の外は、異様な緊張と賞賛の空気に包まれていく。
雨は牢となり、嘘は舞台となり、彼らは新たな物語の幕を開ける。