第0154話 儀式の証拠
地下への階段を下りるたびに、空気は重く、冷たさを増していった。雨音は遠ざかり、代わりに低く、脈打つような轟音が耳に届く。
「この音……雷か?」
シルヴィアが短く呟き、首を傾げる。
「いいえ……これは生きている音です」
アリアの声は震えていた。祈りと恐怖が入り混じり、言葉に重さを与える。
奥へ進むと、石壁に浮かび上がる黒い文様が視界を覆った。
それは雷光のように脈動し、湿った空気の中で微かに光を放っている。
「この印……依頼人が言っていた儀式の証拠なのか」
ライネルが剣を握り直し、眉を寄せる。
マリーベルは杖を強く握り、低く呟いた。
「……神への反逆。それを封じるための道具かもしれない」
バネッサは文様に近づき、指先で触れた。
冷たさが骨の奥まで染み込み、胸の奥から嫌な感情が波のように湧き上がる。
恐怖。疑念。怒り。
それらが絡まり、彼女の心を鋭く締め上げる。
「私……この感覚に打ち勝たなきゃいけないのね」
小さく呟く。
雨を牢に入れる。その意味は、この感覚を制御することでもあった。
その瞬間、地面が震え、雷鳴のような咆哮が地下空間を満たした。
影が立ち上がる。
黒光りするその存在は、人の形をしていたが、体表には裂けた雷光が走り、生きた肝のように脈動している。
――逆・雷公の生き肝。
「来たか……」
ライネルが剣を構える。
「これが我々の障害だ。だが、避けるわけにはいかない」
シルヴィアは笑みを消し、短剣を握った。
「面白くなってきたな」
マリーベルは杖を振り上げ、炎を灯す。
「私は、止める」
アリアは祈りを強くし、光を集める。
「私たちは試されている……心の深淵に向き合う時が来たのです」
バネッサは仲間たちの背を見渡し、深く息を吸った。
「……行きましょう」
彼女が一歩踏み出すと、雷鳴が地下を震わせ、雨の音が遠くで反響した。
それはまるで、天が彼女たちに最後の試練を告げるような響きだった。