第0153話 私たちの“落差”
雨は止む気配を見せず、四葉亭の屋根を叩き続けていた。
外は暗闇と湿気に包まれ、街全体が重苦しい呼吸をしているようだった。
バネッサは扉の外で立ち止まり、手のひらを空にかざした。
雨粒はまるで彼女の意思を試すかのように、冷たく落ちてくる。
「……これが、私の課題なのか」
ライネルが隣で低く呟く。
「雨を牢に入れる……それは、自然の摂理を縛ること。容易な道ではない」
「でも、やらなきゃ」
バネッサは強く頷いた。
「虚構を現実に変えるためには、この試練を乗り越えなければならない」
シルヴィアは肩をすくめ、笑う。
「お前、真面目すぎるよな。ま、俺たちがついてるし、心配すんな」
その声には軽さがあるが、確かな覚悟が隠れていた。
マリーベルは炎の杖を握りしめ、視線を天に向けた。
「これが儀式の前兆だとしたら……我々の前にはもっと大きな障害が待っている。覚悟して」
アリアは静かに祈り、手を胸に当てた。
「嫌な感情は消えない……でも、それと向き合わなければ、何も変わらない」
四人の言葉が、バネッサの胸に響く。
その時、遠くの闇から低く唸る雷鳴が聞こえた。
――それは単なる自然現象ではなく、意志を持った音のようだった。
地下への入口に辿り着くと、そこには先ほどと同じ黒焦げの印が刻まれている。
光が濡れた石畳に反射し、不気味な輝きを放っていた。
「来たな……」
ライネルは剣を抜き、踏み込む足に力を込めた。
シルヴィアは短剣を構え、笑みを消す。
「俺は面白いもんを見逃さない。行こうぜ」
マリーベルは杖を掲げ、炎の結界を張る。
「これは……神への挑戦よ」
アリアは深く息を吐き、光を集める。
「そして私たち自身への試練でもある」
バネッサは仲間たちの背中を見つめ、決意を固めた。
「雨を牢に入れる――その意味を知るために、進みます」
彼女たちは地下へと足を踏み入れた。
濡れた石壁に囲まれた空間は、雷鳴と共に振動し、暗闇の奥から何かが忍び寄る気配がした。
――異界の障害。
それは神をも恐れさせる力を宿し、彼らの行く手を阻む。
雨は牢となり、彼らを試す。
そしてバネッサの胸には、嫌な感情が重く、鋭く響いていた。
「これが……私たちの“落差”だ」
彼女は静かに呟いた。