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第0152話 彼女たちを包む空気

四葉亭を出た一行は、空に垂れ込める黒雲と、遠くから響く雷鳴を背に、再び広場へ向かった。

 街灯の光は弱まり、石畳には雨粒が反射して細かく揺れている。


 「この雨……儀式の前触れかもしれないな」

 ライネルが低く言った。

 「雨は神の領域。牢に入れるというのは、自然を封じることだ――その意味を忘れるな」


 バネッサは視線を下げ、靴先で水溜りを踏んだ。

 ――雨を牢に入れる。

 それは近い未来に彼女が背負うことになる、不思議で恐ろしい課題の象徴だった。


 「気をつけろ」

 マリーベルが杖を握り直す。炎の気配が彼女の周囲を淡く揺らす。

 「下水道の入口には何者かが潜んでいる。奴らはただの盗賊じゃない」


 路地に差し掛かった瞬間、不意に異様な冷気が辺りを包んだ。

 空気が重く、呼吸が鈍くなる。

 足元から低く唸るような音が聞こえる。


 「来た……」

 アリアが呟く。祈りを口にしながら、手のひらに光を集める。


 そのとき、壁の陰から、黒い影が音もなく現れた。

 人の形をしているが、その輪郭は雷光のように断続的に揺らぎ、見る者の視覚を狂わせる。

 ――敵対者、逆・雷公の生き肝を宿す化身。


 「構えろ!」

 ライネルが剣を抜き、影に向かって踏み出す。


 シルヴィアは短剣を振り、風の刃を生み出した。

 マリーベルは杖を掲げ、炎の結界を展開する。

 アリアは深く祈り、光を降らせた。


 だが、影は容易に退かない。

 雷鳴のような咆哮と共に、衝撃波が広場を揺らし、雨粒は針のように降り注いだ。


 バネッサは剣でも杖でもない、手に何も持たぬ状態で前に出る。

 胸の奥に湧き上がる「嫌な感情」が、彼女の身体を震わせる。

 ――疑念、恐怖、憎悪。

 それらはひとつに混ざり合い、今、彼女を突き動かした。


 「嘘でも……仇討ちでも……私はやる」

 そう呟くと、彼女は影に向かって足を踏み出した。


 その瞬間、地面が震え、雨は猛烈な勢いで降り注ぎ始めた。

 まるで天がその決意を試すかのように。


 そして影は、一瞬にして姿を消した。

 代わりに残されたのは、黒焦げの石板と、そこに刻まれた謎めいた文様――

 雷光と血の混ざった模様が、確かな脅威を物語っていた。


 バネッサは静かに、その文様を指で撫でた。

 冷たい感触が指先から胸へと伝わる。

 「……これが、私たちの『障害』なのね」


 外では雷鳴が長く轟き、雨はますます激しくなった。

 彼女たちを包む空気は、重く、そして不穏だった。

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