第0151話 告白
女――依頼人は、ゆっくりと唇を動かし始めた。
声は震え、時折嗚咽が混じる。
「私の夫は……雷公の生き肝を守る儀式に関わっていたのです」
その言葉は空気を重くし、酒場のざわめきは完全に止んだ。
誰もが、静かにその告白に耳を傾ける。
「夫は、私がまだ無知だった頃に選ばれた。神の意志に背き、地に雷を宿す者となるために」
依頼人は言葉を詰まらせる。
「でも……その代償は大きすぎました。彼は生きていられなかった。雷に焼かれて――その瞬間、私は真実を知ったのです」
バネッサはテーブルに肘をつき、手で額を押さえた。
――真実。
依頼人が語ったその言葉は、依頼の根幹を揺るがすものだった。
「あなたは、私たちに何を頼もうとしている?」
ライネルが低く問い、鋭く女の顔を見据える。
「仇討ちではなく、何かもっと――」
女は視線を落とした。
「嘘です……仇討ちは嘘です」
その瞬間、酒場全体に小さなざわめきが広がる。
客たちの表情が一瞬で変わり、緊張が走る。
「では、なぜ?」
マリーベルが問い詰める。怒りの色を隠さず、杖に力を込めた。
女はかすかに笑った。
「大勢の人に集まってほしかった。私が何をしようとしているか、知らぬうちに――参加させたかったのです」
シルヴィアは片眉を上げ、薄く笑う。
「……つまり、仇討ちの噂は釣り餌ってわけか」
「はい」
女の声は決して強くはない。だが、その言葉には確固たる意思が宿っていた。
「雷公の生き肝を巡る儀式を阻止するために、私は人々を集めなければならない。そのためには仇討ちという虚構が必要だったのです」
アリアは静かに目を閉じ、祈りのように囁いた。
「嘘で人を導く……それは神に反逆する行為です」
「それが、依頼人の求めた道だ」
ライネルは深く頷き、剣を軽く握り直す。
バネッサはしばし黙って女を見つめた。
――助けるべきか。
――真実を暴くべきか。
その判断は、もはや探偵団だけの問題ではなくなっていた。
外で雷鳴が轟く。
まるで答えを催促するように。
「私に手を貸してください」
女は震える声で言った。
「私は……あなたたちに、この儀式を止めてもらいたい」
そしてその瞬間、バネッサの胸の奥で何かが動いた。
嫌な感情――疑念、恐怖、憎悪。
それらが複雑に絡み合い、ひとつの意思となって、彼女を押し進める。
――虚構を現実に変える。
バネッサは深く息を吸い、仲間たちを見渡した。
「分かったわ。やりましょう」
四葉亭の扉の外には、再び嵐が迫っていた。
雷鳴は次第に大きく、鋭く、そして――人の心に届く鼓動のように響いていた。