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第0015話 神の足跡

夜明けの霧はまだ街を離れ切らず、石畳の表面に冷たい水滴を残していた。

 「逆歩行の探偵団」の四人は、眠気を押し殺しながら再び例の現場に足を運んでいた。


「……やっぱりおかしいな」

 一番に口を開いたのはライネルだった。淡い光の中で眼鏡を押し上げ、昨日見た逆さの足跡が、今朝にはまるで違う姿をしていることを確認する。


 そこに刻まれていたのは――人間の靴跡ではなかった。

 深く抉れた石畳に残されているのは、丸く巨大な窪み。爪のような突起の跡が四方に広がり、まるで神像の足裏を石に押しつけたかのようだった。


「……こりゃ、昨日のよりタチが悪いわね」

 マリーベルが眉をひそめる。腰の剣の柄を軽く叩きながら、露に濡れた跡をつぶさに観察する。

「人間の足ならまだしも、こんな怪物じみた痕跡。どうやって残したってのよ」


「怪物、ねぇ。いいじゃないか、ますます面白くなってきた」

 軽口を叩いたのはシルヴィアだ。外套の裾をひらりと翻し、靴の先で足跡の縁を突く。

「ほら、これ。人が板か型を使って押しつけたにしては、深さが均一じゃない。――つまり本当に“踏んだ”んだよ。でかい足でさ」


「やめてください、シルヴィアさん。そんな調子で笑ってたら、本当に神様が怒ります」

 そう言ったのはユリシア。金の髪を後ろでまとめた彼女は、祈りの言葉を胸の前で結ぶように指を組んでいる。

「村の人たち、昨夜から怯えてました。『神が逆さに歩いた夜』だって」


 ライネルが眉をひそめる。

「伝承と事件を混同すると混乱する。だが、足跡の大きさは確かに常識を外れている……」


 四人は跡を辿って路地を進む。逆さに並んだその巨大な足跡は、狭い石畳を逸れ、小高い丘の方へ続いていた。


 丘を登ると、濃い霧の奥に影が浮かび上がる。

 それは崩れかけた祠だった。苔むした石の鳥居、倒れた灯籠。そして奥には、人の背丈ほどの石像がうずくまるように置かれている。


「……あれは」

 ユリシアが小声で漏らす。

「古い神像ですね。村の守り神をかたどったものだと聞いたことがあります。けれど……どうしてこんなに荒れて」


「祭られてないってことか」

 マリーベルが吐き捨てるように言う。

「手入れもしないで放置して、そんで『神が怒った』なんて騒いでる。笑わせるわ」


「けど見ろよ、これ」

 シルヴィアが祠の前の土を指差す。そこには昨夜の雨にも消されないほど深く刻まれた、大きな足の跡が幾つも重なっていた。

「……この石像が、歩き出したみたいじゃないか」


 ユリシアは顔を蒼ざめさせた。

「まさか。そんなはず……」


 しかし、ライネルの視線は石像の足元に釘付けになっていた。

 ――像の台座が、わずかに動いた痕跡がある。石を擦った跡。

 そして、像の足裏には泥が付着していた。


「……誰かが、動かした?」

 ライネルの声に、三人が息を呑む。


 その瞬間、丘を渡る風がざわめき、祠の奥から鳥が一斉に飛び立った。

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