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第0141話 バネッサ

石畳に覆われた城塞都市の夕暮れは、赤銅色の空を背に、鐘楼が低く響いていた。

その音に混じり、濡れた馬車の車輪がきしむ。通りを渡る群衆の間をすり抜けて、一人の女が歩いていた。


バネッサ。

黒のマントを羽織り、厚い布で髪を隠しているが、その横顔には疲れと翳りが刻まれていた。

――あり得ぬはず、と彼女は思っていた。

かつて自分が見限られた過去は、もう影のように遠ざかったものだと。

だが今、その「忘れられたはずの出来事」が、意外な形で現実へと顔を出そうとしていた。


彼女が足を止めたのは、路地の奥に灯る一つの看板だった。

四つ葉のクローバーを模した木製の看板。

そこは、冒険者や探偵まがいの仕事人たちが集い、酒と情報を交わす場所――酒場《四葉亭》。


扉を押し開けると、熱気と笑い声がどっと流れ出した。

炉の炎に照らされた室内には、剣士や商人が卓を囲み、給仕が忙しなく行き交っている。

だが奥の一角、他と隔てられた長卓には、異質な空気を纏う四人がいた。


土属性の騎士、ライネル。

無骨な鎧に身を包み、暗い眼差しで酒杯を弄んでいる。

風属性の女盗賊、シルヴィア。

軽装で、足を卓に投げ出し、口笛混じりに周囲を観察している。

火属性の女魔法使い、マリーベル。

赤毛を振り乱し、苛立ち気味にワインを煽っていた。

水属性の女僧侶、アリア。

淡い青のローブに身を包み、寂しそうに人の輪から目を逸らしている。


この四人――噂に名高い《四葉亭探偵団》。

彼らは持ち込まれる依頼を解き明かし、真実を掴むことを生業としていた。


バネッサは躊躇した。

自分がこれから口にすることは、本来ならば嘘であり、演劇にも等しい虚構の物語。

だがそれを語らねば、あの「嫌な現実」に押し潰される。

彼女は深く息を吸い、卓に歩み寄った。


「――依頼があるの」


四人の視線が一斉に彼女へ注がれる。

ライネルは怪訝に眉をひそめ、シルヴィアは口角を上げ、マリーベルは苛立ちを隠さず、アリアは小さく瞬きをした。


「仇討を……頼みたいの」


そう口にした瞬間、四葉亭のざわめきがひときわ大きくなった。

周囲の客までが耳をそばだてる。

「仇討」――その言葉は血と誇りの匂いを伴い、人々の心を掻き立てる。


だがその言葉が虚構であることを知っているのは、バネッサただ一人だった。

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