第0125話 片足の跡
翌朝、夜霧の残り香がまだ町を覆っていた。
石畳の路地には濡れた影が長く伸び、昨夜の出来事が夢ではないことを告げている。
四葉亭を出た探偵団は、領主の使者から示された現場へと足を運んだ。
「……ここだな。」
ライネルが剣の柄に手を置き、視線を落とす。
路地の奥。石壁の隅に、血の跡がまだ鮮やかに残っていた。乾きかけた赤黒い染みが、夜明けの光に鈍く反射する。
犠牲者の亡骸は既に片づけられていたが、残された痕跡は生々しい。
「ひどいな……。」
アリアが思わず口元を覆った。
「こんなに……何度も、同じ場所を刺されている。」
血の流れを追っていくと、同じ位置に刃を突き立てたような深い跡がいくつも刻まれていた。
「妙だな。」
ライネルがしゃがみ込み、石畳を指でなぞった。
「斬られたのは犠牲者のほうだ。怪物の傷跡はどこにもない。」
「でも見ろよ、これ。」
シルヴィアが足跡を指さす。
「片方だけ深い跡が残ってる。まるで……足を引きずってたみたいじゃないか?」
確かに、片足の靴跡は深く、もう片方は浅い。まるで弱った足で歩いているかのようだった。
「不死身なのに、足を……?」
マリーベルが眉をひそめる。
「なんだよそれ、矛盾してるじゃないか!」
そのとき、近くの住人が怯えながら口を開いた。
「そ、その夜……わたしは確かに怪物を見たんだ。だが、妙なことに……あの路地にいたと思ったら、すぐに別の場所にも姿を現したんだ。時間がずれてるみたいに……。」
「時間が、ずれて?」
アリアが目を丸くする。
「同じ瞬間に、違う場所に?」
住人は頷き、震えた声で続けた。
「だから……本当に現実だったのかどうか……今でも分からないんだ。」
四人は無言で視線を交わした。
空間が歪むような証言。現場に残された片足の跡。
ライネルは低く呟く。
「不死身の噂も、弱点の噂も、どちらも真実かもしれん……だがそれが、どう結びつく?」
シルヴィアが唇を歪めた。
「つまりさ、俺たちは“矛盾の怪物”を相手にするってわけだ。」
マリーベルが拳を握りしめる。
「上等だ。どんな不死身だろうと、必ず打ち倒せる弱点はある!」
アリアは小さく首を振る。
「……弱点を暴くことが、本当にその人を救うことになるのかな。」
四人の意見は、またもや交わらなかった。
だが、確かなことがひとつだけある。
――この調査は、ただの噂を解き明かす以上に、彼ら自身の心を揺さぶるものになる。
そして、酒場「四葉亭」の扉を開いたときから始まった謎は、いよいよ本格的に彼らを巻き込もうとしていた。