孤独な女王
わたし、ルビーナ。今、王家の隠し通路で死にかけてるの。
……
…………
………………
いや、ボケてる場合じゃないわ。マジでヤバイわ。
来るときには灯りの魔法で照らしていた道も、今は光がないため闇に塗りつぶされている。
長く閉ざされていた通路の空気は淀んでいて、黴臭く、体温が急速に奪われていくのを感じる。
今にも気が遠くなりそうだ。自分は結局、こんなところで一人ぼっちで死んでいくのか……
あー……ここまでうまくやれてると思ったんだけどなー。
原作から外れた展開だと、やっぱり知識が足りなくてダメだわ。
所詮、元は平凡なOLですよ。
やらかしたわー。
そうです。
今はルビーナ・アルカナリアという名を名乗っている女は、いわゆる転生者ってやつです。「アルカナリアの聖女」という小説で、魔王をわが身に復活させて世界を未曽有の危機に陥らせる闇落ち魔女にして女王、というラスボスです。
いやー、十歳にして前世を思い出した時は、恐怖に慄きましたよ。
だって、覚醒した聖女と聖騎士に見事うち滅ぼされる役なんですもん。
死んじゃう!
ってなってそれからは、運命を何とか変えようと必死でしたね……
魔王の依代改め呪いとして目覚める予定だったノアを使い魔として取り込んでー。
いや、あれは割とぎりぎりだった……失敗作として処理されそうになった時に、邪教徒たちを取り込んで呪いそのものに変化しちゃうんだよね。危なかった。
ルビーナが絶望して世界を呪う原因となる悪人の宰相から父王を救うために奔走して、何とか排除してー。まあ、間に合わなかったんですけど……ごめんね、こっちのパパ。取り巻きたちのガードが固くて近づけない間に、ずっと毒を盛られていて……助け出した時には手の施しようがなかったのよね……。それでも、今わの際に別れの言葉を交わすことができただけでも原作よりはマシだったかもだけど……。
おのれ、あの腐れ外道宰相め。もっと苦しめて殺してやればよかったわ。
ともあれ、宰相に嵌められて取り潰されるアッシュフィールド家を仲間に引き入れた上で存続させて、没落後に目覚めて魔王退治に来るはずだった聖騎士も手元で監視できるようにしてー……
聖女が討伐に来たりしないように、侍女として取り立ててそばに置いてー。
いやーそれで、ようやく、すべての死亡フラグは取り除いたと思ったのに……
まあ、確かに封印が緩んでいるという伏線はあった気がしますよ?
でも、魔王の依代としてはもう機能しないはずなのに、それでもなお封印が解けるとは思わないじゃないですかーかー。
女王の戴冠から三年も経って、原作の最後の時期もようやく過ぎようという時期になって。原作の小説になかった原因不明の奇病が流行るって、なんだろうなぁとしばらく考えて。あーもしかして、と思って古文書を確認してみたら、なんと、王城の地下に封印があるなんて。
わーびっくりー(棒)。
おちゃらけてはみるものの、手の震えが止まらない。
慌てたからと言って、一人で来るべきじゃなかった。それはそう。
でもなー……
不完全とはいえ、原作で魔王を宿らせるために作られたノアを連れてくるのは危なすぎるし。だからといって、覚醒もしてない聖女(予定)や聖騎士(予定)を連れてくるのもおかしいし。
などと浅知恵で考えた末に、のこのこ一人で来てみればこのざまですよ。
はー……(溜息)。
まー封印自体はできたからいいかー……
今にも破れんばかりになってたから慌てて古文書の呪文を読み上げてー。
ぶっつけ本番だけど発動してー。
すっごい頑張ったら、封印はできちゃいました!
すごい!
さっすが、わたし天才!
って思ったけど、消費魔力が半なくてぇ。
生命力までごっそり持ってかれてー。
何とか、ここまで這いずってきたものの、もう動けません。
ここさー王家の秘密の通路で、誰も知らないんだよねぇ……
わぁ詰んでるぅ。
……
唇を噛みしめても、嗚咽が漏れだしてくる。強がるのも、もう無理だ。
あー、こんなことなら、あの子たちにほんとのことを話しておけばよかった。運命を変えちゃってごめんね、って謝りたかった。
ヴァルターなんて、本当は、ヒロインのセレナと結ばれるはずだったのに……ごめん、私なんかが好きになっちゃって。
もう解放してあげるから……そしたら、セレナと幸せになってね……
原作の挿絵にあった、二人の幸せな様子が目に浮かんできて胸が苦しくなる。
ううん、やっぱり、死にたくないよ、ヴァルター……
もう一度、あなたに会いたい……
助けて……