王家の図書室
ルビーナ女王がいなくなった。
そう聞いた時、足元から世界が崩れるような眩暈がした。
だが、崩れ落ちている場合ではない。女王の魔力を辿れるという使い魔ノアの後を追いながら、これからの手配を脳裏で組み立てていた。
王家の図書室で女王の魔力を見失ったというノアはパニックに陥った。ノアが追えるならそれに越したことはなかったが、こうなっては仕方がない。女王の不在についてのかん口令を敷きつつ、調査チームを編成して女王を探さねばならない。
ノアを侍女セレナに任せると、俺は政務部に走った。
ちょうど出仕していたアッシュフィールドの長兄を捕まえると、手早く事情を話し、段取りを組んでもらう。こういう時、身内がいると話が早くてありがたい。
その話の最中に、城下に蔓延していた疫病が急に終息したという報告を聞いた。重体で今にも死にそうだった人々も、急速に回復しているらしい。
まるで何かの犠牲が支払われたかのような、唐突な終息だった。――悪い予感が胸を刺した。
女王の失踪が何か関連しているのかもしれない。そう思いはしたものの、今はその関連性を調べている余裕はなかった。
かん口令手配と女王のスケジュール調整を長兄に任せ、俺は出仕者の中から魔術に長けた者をピックアップして、図書室へと取って返した。
図書室の近くの小部屋から出てきたノアとも合流して、再度図書室へ入る。女王が消えた手がかりが何かないか、手分けして探し始めた。
「女王はこのあたりで調べ物をしていたようだ」
ノアが書棚を指して、官僚たちに痕跡の説明をしている。
「このあたりはだいぶ古い文献になりますね。数百年は前のものだ……ちょうど建国時期でしょうか」
眼鏡をかけた官僚が、ツルを神経質に触りながら、古文書の背表紙を読んでいる。その仕草を見て、女王が嬉しそうに眼鏡について解説してくれたことを思い出した。
この眼鏡という道具は、女王が提案して新しく開発した道具の一つだ。身体強化魔術を使えなくても、弱った視力を取り戻せると、最近は裕福な平民にまで利用が広がりつつある。
さすが女王さまですね、と褒めたところ、かけてみてはどうかと勧められた。別に目は悪くないので辞退したところ、なぜかがっかりされた記憶がある。
もし、女王が無事に帰ってきたら、眼鏡をかけて見せてやろう。そう思った。
……だから、早く帰って来て下さい。女王様。
肝心の女王が見たと思われる文書は抜き取られたらしく、残ってはいなかった。もしかすると、女王が持って行ったのではないか、と官僚は言った。
それ以外の官僚もあちこちを調べていた。
文書を取り出して広げて中身を見たり、取り出した裏に何かないか、調べたりしている。
「あ、こちらに隠し扉らしきものがあります!」
その中の一人が声を上げた。
「こちらの巻物には、城の古い設計図が。こちらの通路がその先のものではないでしょうか?」
もう一人も声を上げた。
「見せてくれ」
ノアが隠し扉の方に向かったので、俺は設計図とやらの方へ向かう。
「なるほど、王家の図書室から、地下へと通路が延びているな」
その図では、通路の先の地下に大きな空洞が描かれ、しかも黒く塗りつぶされていた。
「何だ、この空洞は……」
不吉な予感に顔をしかめる。
「開いたぞ!」
図書室の扉を開けた要領で、隠し扉も開けたようだった。開いた途端、ノアが飛び込んでいく。
「ルビーナ!!!」
「お、おい、待て。一人で行くな!」
隠し扉の中に何があるかはわからない。俺は、腰の剣を確かめると、ノアの後を追った。
通路は暗く、ひんやりとした空気が肌を刺す。足元は湿り、壁には苔が生えている。
王家の図書室の奥に、こんな場所があったとは。
ノアが先を急ぐ気配が、闇の奥へと消えていく。俺は剣の柄を握りしめ、警戒しながら進んだ。
通路は緩やかに下り、やがて開けた場所へと繋がっているようだった。ひどく淀んだ魔力の気配が、そこから漏れ出している。そして、その魔力の中に、微かに、しかし確かに、あの真紅の、懐かしい魔力が混じっているのを感じた。
ノアの叫び声が、闇の奥から響く。
「ルビーナ……!」
俺は、駆け出した。
その先に、倒れ伏す濃い赤の影を見た。