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女王の筆頭近衛騎士

 俺の名前は、ヴァルター・アッシュフィールド。

 アルカナリア王国では建国以来の名家と言われるアッシュフィールド家の三男に生まれ付いた。

 貴族家の三男と言えば、後継ぎでもその予備でもない。剣の道に進んで騎士となるか、勉学に励んで官僚となるか、あるいは、裕福な商家などに婿入りするか。そんな進路を想定した教育を受けさせられた。

 それが、親なりの優しさだったのだろう。


 だからまあ、武術や学問、商いの作法なんかも、それなりには身につけた。それほど努力しなくても、何でもそれなりに小器用にできてしまう。それが俺だった。

 幼い頃は、中々に嫌味な子供だったと思う。大した力もないくせに、出来が良すぎるがゆえに世の中を馬鹿にしていた。だから、バチが当たったのかも知れない。


 俺には、乳兄弟がいた。兄弟といっても女なのだが。母は、王家にただ一人生まれた王女の乳母をしていた。近い時期に生まれた俺たちは、幼い時はそれなりに一緒に遊んだりしたものだが、それほど強い印象はなかった。


「ヴァルにぃ、待って」


 相手をするのが面倒で置いていったりすると、その子供は泣きながら追いかけて来た。それを当たり前くらいに思っていた。


 彼女の――ルビーナの印象がガラッと変わったのは、彼女の母である王妃が亡くなった時だった。俺たちが十になったばかりの時だった。葬儀で立ち尽くしていたルビーナが振り返った時、その瞳は炎のように燃え上がっていた。

 俺はその時、魂を焼かれてしまったのだと思う。それほどに、その瞳は強く美しかった。


 だが、彼女に何があったのか、確かめる時間はなかった。最愛の王妃の死に王は心が折れてしまい、それをいいことに当時の宰相が王城を乗っ取ってしまったのだ。王への忠誠が高い貴族たちは政治の中心から遠ざけられ、王女の周りからも世話をするものが追い払われた。乳母である母もそのひとりだった。

 彼女と再会するには、その後数年の月日が必要だった。それまでは王城に行く機会もなく、噂でルビーナが孤独に耐えていることを伝え聞くことくらいしかなかった。


 夜陰に紛れて彼女がアッシュフィールド家を訪ねてきた時、俺の目をまっすぐに見つめながら、


「私に力を貸せ、ヴァルター・アッシュフィールド!

 宰相の専横を排するのだ!

 このままでは王が危ない!!!

 逆族を討つのに手を貸してくれ!」


 そう言いながら手を差し伸べてきた時……俺はとうの昔にその真紅の瞳に囚われていたことに気が付いたのだった。


 宰相を排除すること自体はさほど難しくはなかった。彼とその取り巻きが私利私欲に走り、国をわが物のように振舞うことに旧来からの貴族たちの不満は溜まっていた。必要なのはただ、名分だけだった。

 その名分をルビーナ王女が提供した。どこから手に入れたのか、数々の不正の証拠を彼らに提供してみせた。

 断罪の場すらも、彼女自身が用意した。彼女の十五歳の成人の儀にて、おぞましくも宰相は彼女との婚姻を宣言するつもりだと、彼女はさもおかしそうに笑いながら言った。だから、その場で断罪してやるのだ、と。瞳だけが冷たい怒りの炎で燃えていた。


 ルビーナの手引きで、成人の儀は処刑場と化した。成人の衣装として花嫁衣裳を着せられていたルビーナは、その白いベールを血で染めた。

 彼女を汚そうとした愚か者の首は、俺が叩き切った。


「あなたには、白よりも赤が似合う。

 でも、その血は汚すぎますね。すぐに新しい衣装を用意させましょう。

 女王の戴冠に相応しい装いを」


 王は毒を盛られて、既に危篤状態にあった。助け出すには遅すぎたのだ。

 国をまとめるのには、新しい王が必要だった。新しい女王が。

 そうして、貴族会議の満場一致でルビーナは新しい女王として認められ、先王の死とともに、親政が始まった。


「アッシュフィールド卿、褒美にそなたは何を願う?

 爵位でも領地でも好きなものを願うが良い」


 その問いに、俺は即座に応じた。


「では、筆頭の近衛騎士として、あなた様に仕えることをお許しください」

「なんと、そんなもので良いのか?」


 紅玉のような瞳が、不思議そうに揺れた。


「……まあよい、それにふさわしい爵位も授けよう。

 これからも、忠義に励むがよい」

「はっ 恐悦至極に存じます」


 そうして、俺は彼女の第一の剣としてその横に(はべ)る栄誉を賜った。どんなことがあろうとも、彼女を護りとおす。その誓いを胸に。


 だというのに……

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