女王の使い魔
物心がついたとき、オレに名前はなかった。ただ、13番と呼ばれていた。オレの他にも、12人いたらしい。だが、一度も見たことはなかった。
「お前だけが生き残った。期待しているぞ」
薄暗い部屋に閉じ込められたまま繰り返される、苦痛の多い実験。魔法や薬を投与される日々の果てに、淀んだ目をした男がそう言った。その日、床に描かれた禍々しい魔法陣に寝かされたあとのことは、ほとんど覚えていない。
意識を取り戻した時に目に入ってきたのは、鮮烈な赤。まだ幼い――自分とさほど変わらないだろう歳ごろの――少女の目と髪の色だった。
「生きたいか?」
歳に似合わぬ意志の強い真紅の瞳に吸い込まれるようだった。
「お前の魂は崩れかけている。繋ぎとめるためには、私の使い魔になってもらうしかない」
その時は何を言われているか分からなかった。きょとんとしたままのオレに、彼女は困ったように溜息をついた。
「時間がない。答えろ。死にたいのか、死にたくないのか」
ようやく、最後の言葉だけが分かった。
「しに、たくない……」
彼女はよし、と頷くとオレの頭に手をかざした。
「使い魔としてそなたに名を与える。ノアよ、我に仕えよ」
その時から、オレはその少女――ルビーナの使い魔ノアとなった。
後から聞いた話では、オレは魔王の依代になるべく、魔王の復活を目指す邪教集団に育てられていたらしい。邪教集団を摘発したルビーナがオレを見つけ出した時には、失敗作として処分されそうになっていた。魔王の依代となる素体を作るため、カラスの魂と無理に結びつけた。そのせいで、人ともカラスともつかぬ、異形の存在になってしまったという。
その場で死にかけのオレを助けるためには、ルビーナの使い魔にする以外の方法がなかったと、後からルビーナに謝られた。
「他に選択の余地がなかったとはいえ、無理やりに使い魔にしてしまってすまなかった。お前の魔力もだいぶ安定した今なら解除することもできる。どうする?」
「いや、あんたはオレの命の恩人だ。このまま、あんたのそばで生きていたい」
親の顔も知らない。そもそも生きてる可能性も低い。身寄りのないオレに他に行く場所もなかったし、ルビーナ以外の人間は怖かった。
オレがいつもカラスの姿でいるのは、人と関わるのが嫌だからだ。オレにはルビーナだけがいればいい。ルビーナの側で、ルビーナのためだけに生きていられればいい。
だが、その平穏は、ある朝突然に破られた。
「大変です! ルビーナさまがいません!」
いつもルビーナにまとわりついている侍女が、止まり木で寝ていたオレを起こした。
「は?」
「朝のご準備に寝室へ伺ったのですが、もぬけの殻でした。執務室や他の場所も探したのですが、見当たりません。ノアさんは何かご存じではありませんか?」
晴天の霹靂だった。