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女王の失踪

 アルカナリア王国は、大陸の北の果てに位置する小国である。数百年の昔、魔王を打倒した偉大な魔術師が建国し、代々その血を受け継ぐ魔術師が王として統治してきた。

 当代の王は女王で、その名をルビーナ・アルカナリアという。初代にも匹敵するのではないかと言われる魔力を誇る、偉大な魔女であった。赤い色を纏う魔力はあまねく国を潤し、過酷な北の気候から国民たちを護っていた。


「先ほどの魔法も素敵でした」


 彼女の傍らに仕えるのは、一人の侍女セレナ・ソレイユ。彼女は、女王の燃えるような真紅の髪を(くしけず)りながら、感嘆の息をほうっと漏らした。

 儀式中きつく結われていた髪はセレナの手でほどかれ、赤いドレスに包まれた体に添って、腰まで滑らかに流されている。ルビーナは、冬の吹雪から首都を護るための結界の魔法を張り直す儀式を終えたばかりであった。


「相変わらず大雑把なんだよ、ルビーナは。魔力の使い過ぎだ」


 それに苦言を呈したのは、ツンとした風情のカラス──使い魔ノアだった。彼は使い魔として、儀式の間もルビーナを補佐していた。


「そういうな、ノアよ。結界は強ければ強いほどよかろう?」


 言われたルビーナは、くっくと喉を鳴らすように笑う。艶やかな髪が揺れて、それを惹きつけられるように見つめていた騎士が、はっと気を取り直してごまかすように咳ばらいをした。


「それにしましても、女王陛下の戴冠から、もうすぐ三年が経ちますね」


 女王の筆頭近衛騎士であるヴァルター・アッシュフィールドは、普段の爽やかな笑顔でそう切り出した。


「この国の安定も、ひとえに陛下のお力あってこそ。盛大な祝宴を催すべきでしょう」


 ルビーナは、わずかに微笑みながら、しかしすぐに表情を引き締めた。


「もしや、先日来の流行り病を気にしておられますか」

「……うむ、結界を強めれば、改善せぬかとも思うてな」


 ここの所、首都では徐々に体力が失われていく奇病が流行っており、じわじわと重体化する者が増えて来ていた。医師や魔術師を動員して原因の究明を図っているが、大きく進展はしていない。

 ヴァルターは、なるほどと頷いて続きを促した。


「しかして、いかがでしたか?」

「効果はなかった。残念だがのう。調査は進めているのだが……」

「あまり、ご無理はなせれませぬよう。御身は、アルカナリアの光、この国の要ですから」


 ヴァルターは、心配そうな微笑みを女王に向けながら、その手を取り口づけを落とした。金髪碧眼の彼が白い近衛騎士の制服を着てひざまずくと、聖騎士のように美しかった。

 セレナはそんな彼を見て、うっすらと頬を染める。使い魔ノアがバサバサと翼をはためかせた。


「うへぇ、表面(おもてづら)のいい奴め」

「ノアさん、そんなこと言わないのよ」


 セレナが困ったようにたしなめる。


「お前はあいつの腹黒さを知らないから、そういうことを言うんだ」

「もう、そんなことばっかり言って」


 カラスと侍女が囁くように会話している間にも、女王は騎士に鷹揚に頷いている。


「そちは、近衛騎士隊長として、城の警護に努めておくれ。城下町での不安が、城内にも広がっているようだからな」

御意(ぎょい)に」


 騎士は立ち上がって一礼すると、女王の命を果たすために退出していった。侍女も着替えの片づけのために部屋を出ていく。

 がらんとした執務室に残されたカラスが、女王の肩に飛び乗ってきた。


「実際のところ、奇病ってやつはどうかなりそうなのか?

 俺の方でも調べてみてはいるが、どうにも気配が辿りにくいんだよな」

「実のところ、心当たりはないではないが、まだちと確信が持てなんでな……」


 女王の考え込むような様子に、カラスのノアは嘴を尖らせた。


「何だよ、当てがあるのかよ。早く言えよ」

「まあまあ、ちと言いにくいことでな……もうしばらく待っておくれ」


 そして、その夜、女王はいなくなった。

 彼女の気配が城から完全に消え去ったのと時を同じくして、首都を蝕んでいた奇病は、まるで嘘のように急速に回復へと向かい始めた。人々は安堵し、医師たちはこの不可解な奇跡に首を傾げるばかりだった。

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