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婚約破棄された事を、家族に伝えなければ……。
そう考えながらプレセアは馬車に揺られる。しかし、家族の優しい笑顔を思い出すと胸が苦しくなった。
誰よりもルイスとの関係を応援してくれた家族。きっと婚約破棄された事を告げれば、優しく声を掛け、励ましてくれる事だろう。
しかし、プレセアにはそれが耐えられなかった。
ルイスという最愛の人と出会わせてくれた両親。
心から感謝したし、仲睦まじく、そして彼と幸福に満ち溢れた両親の様な夫婦になる事を夢見ていた。
……まぁ、そんな夢は突如吹き荒れた嵐によって散った花のようになってしまった訳だが。
両親が出会わせてくれた最愛の人。
にも関わらず、自分の不甲斐なさから婚約破棄を告げられてしまった。
───家に帰りたくない。
───両親に見せる顔がない……
だから馬車が止まった時、御者に声を掛けた。
「少し買い物をして帰る。直ぐに済むから護衛は要らない。直ぐに戻るから心配は要らないとお父様達には伝えておいて!」
「お、お嬢様!?」
突然のプレセアの言動に御者は目を見張る。
隙をつき、馬車から降りてすぐ様死角になる曲がり角へと身を潜めた。
───困らせてごめんなさい。心配をかけてごめんなさい。けど、まだ家に帰りたくないの
心の中で謝罪し、また帰ったら迷惑をかけてしまった事を謝ろう。
特に行きたい場所は無い。
ただ心を落ち着かせたくて飛び出しただけなのだから。
ボーッとした頭と重い足取りで歩を進めていく。
すれ違う人々は皆幸福に満ちた表情をしていて、まるで一人置いてけぼりの様な……そんな孤独を感じる。
広場までやって来て、ベンチに腰を下ろし、濁りきった空を見上げた。
風がそよそよと優しく吹けば、鼻先を雨の香りが過ぎ去って行く。
かと思えば次の瞬間、ポツリと白い頬に一滴の雨粒が落ちてきた。そして雨粒は一滴、また一滴と頬を伝う。
生憎雨具は持っていない。
広場にいた人々が傘をさしたり、駆け足で去っていく中、プレセアだけはただ呆然と俯いていた。
次第に雨は強くなり始める。
このままではまた風邪を引いてしまうかもしれない。そう頭では分かっていても、身体が重くて動かない。だから服も髪も濡れ、皮膚に張り付くのも……全てを受け入れた。
そんな時、視界に誰かの足元が映った。
かと思えば、プレセアに降り注いでいた雨が姿を消した。否、雨が止んだ訳では無い。プレセアの場所にだけ雨が降らなくなったのだ。
突然の事にプレセアは思わず顔を上げる。
そうすれば、虚ろな灰色の瞳と目が合った。
「こんな雨の中何してるの? 風邪ひくよ」
雨が止んだ理由はどうやらこの青年のおかげだったらしい。
「具合悪い? 」
膝を折り、今度は目線を合わせて尋ねられる。
「すみません。具合は悪くなくて……。ただ、少し考え事をしてたら雨が降ってきて……」
「そう……。取り敢えず、濡れたままじゃ風邪ぶり返しちゃうかも。付き人は……居ないみたいだし、お嬢様が一人でお出掛けなんて感心しないな」
「どうして風邪のこと…。しかも、お嬢様って」
「え? だって君、ルイスくんの婚約者のプレセアさんだよね?」
青年の言葉にプレセアは目を瞬かせた。
同時に、そう言えば……と思う。
この青年、何処かで見覚えがあるのだ。
「は、はい。そうです。貴方は学校の先輩ですよね? 申し訳ありません。お名前は存じなくて……」
「寧ろ僕の名前知ってたら凄いから気にしないでいいよ。僕はリヒト。プレセアさんの言ってた通り、ルイスくんの同級生。因みに同じクラス。よろしくね」
そう言って微笑むリヒト。
以前会った時は白衣を身に付けていたのもあってか雰囲気が全然違う様に思えた。
「自己紹介も終わった事だし、移動しようか」
「い、移動ですか?」
「このままだと本当に風邪ぶり返すよ。そう言えば、ルイスくんの家ってこの近くだったよね。そこで……」
「い、嫌ですっ!」
プレセアはハッとする。
思わずリヒトの言葉を遮ってしまった。
そして、そんなプレセアにリヒトもまた驚いていた。
突然大きな声で遮られたのだから無理は無い。
「ごめんなさい。突然大きな声を出して……」
自然と拳に力が入る。
婚約破棄を告げられた後なのだ。
今ルイスの顔を見たら、我慢していた涙が溢れ出てしまう気がした。
そんなプレセアにリヒトは頭を悩ませた後、告げた。
「気にしてないから大丈夫。うーん、そうだなぁ……。じゃあ、取り敢えず僕のお家においでよ」