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26


 プレセアが目を覚ますとそこは、見慣れた天井だった。そして自分を包み込む香りもよく知っているものだったから、直ぐにここが自分の部屋であると気づいた。


「プレセア! 目が覚めたのね!」


「体の方は大丈夫か!?」


「……ディシア様? それに兄様とお父様まで……」


 視界に入ったのは、心配そうに自分を見つめる大切な家族たち。

 そこで、今自分が置かれている環境にプレセアはハッとした。


 __私、魔法で記憶を消して貰って……それで。


 プレセアはこれまでの経緯を思い出そうとするが、突然頭痛が走り、思考を断念した。それもかなりの激痛だ。思わず顔をしかめれば、ディシアが言う。



「今は色々と混乱していると思うから眠りなさい。眠るのが一番だって彼も……」



 __彼

 その言葉に、プレセアは勢いよく体を起こした。

 本当なら頭痛が酷いせいでベッドに横になって眠っていたい。

 けれど、今の言葉を聞いたら居ても立っても居られなくなった。


「プレセア。とにかく今は安静にした方がいい」


「私は平気。それよりもリヒト先輩は……」


「彼ならもう帰ったぞ」



 その時、部屋の扉の奥から声が聞こえてきた。その声の主が一体誰なのか、直ぐに分かった。なにせ、ずっとずっと……プレセアが長年想いを寄せてきた男のものだったから。


 扉が開き、ルイスが姿を現す。

 そんなルイスに一番に声を上げたのは父親だった。



「私とした約束を忘れたのか、貴様!!」


 怒りに満ちた声だった。

 心優しく、時には厳しい父親ではあったが、これほどまでに怒りをあらわにしているのは初めて見た。


 突然のルイスの登場に、プレセアは体を震わせる。そして……そんなプレセアを守るように、ディシアが抱きしめる。


「プレセア。俺がした行いは……決して許されないものだと分かってる。だが! どうか謝らせて欲しいっ! そして……どうか俺の話を聞いてはくれないか」


 深々と頭を下げながらそう言葉を述べるルイス。どうやら反省の心を持っているのは本当のようだ。


 プレセアは大きく深呼吸する。

 そしてディシアに「大丈夫」と伝え、ベッドから降りてルイスの方へと赴く。


「貴方の話を聞く前に……私の話をしてもいい?」


「あ、あぁ。もちろん」


 ルイスは頷く。

 まぁ、承諾を貰えずとも話すつもりだったが。



「少し前のお話。小さな女の子は恋をした。自分より幾つか年上の男の子に。彼はとても心優しい人だった。けれど彼は、自分を妹のようだと言う。そしてしまいには、女性としては見られないと言い放つ。女の子は悲しかった。だって、女の子は男の子を心から愛していたし、愛されたかったから。けど、女の子は我慢した。自分の我儘で男の子を困らせたくなかったから」



 プレセアの頭の中に巡るのは初めて出会った時の二人の姿だった。

 ずっとずっと一緒に過ごした日々。

 それがいつしかどんどん離れていって……気づけば、遠い世界の人の様になっていた。


 プレセアの話を聞き、ルイスは口を開きかける。「ごめん」と謝罪の言葉を紡ごうとしたが、それはプレセアによって遮られた。


 まるで物語の邪魔をしないで、と釘を刺すように。



「そんなある日、女の子は出逢いました。……心優しい素敵な魔法使いさんに。女の子は願いました。男の子の記憶も…何もかも、消したい、と。そんな女の子の願いを、魔法使いさんは受け入れてくれた。そして……ずっとずっと傍で守ってくれた」


「っ……! だから君はあいつに騙されてるんだ! きっとまだ何か魔法をかけられているんだっ!! そうじゃなきゃ……まるでプレセア、君は……彼に恋をしているみたいじゃないか」


 ルイスの声は酷く震えていた。

 __とは言っても、彼は薄々勘づいていた。当の本人達が気づいているのかは分からなかったが、二人ともお互いを見る眼差しには、愛しさが込められていたのだ。


 それは前まで、自分に送られていた眼差し。

 同時にルイスは気づいた。認めたくなかったのだと。自分からプレセアを突き放したというのに、いざ自分の元から離れていくプレセアを見た途端、焦燥感に駆られた。



 ___そうか、俺は。俺は……プレセアのことが。



 そうルイスが本当の想いに気付いた時だった。



「……そうよ。私が愛しているのはもう貴方じゃない。リヒト先輩です。だから早く出て行って貰える? 貴方の言い分も、何もかも聞く気は無いので」



 プレセアもまた気づいたのだ。

 確かに、ルイスへの愛は本物だった。

 けれど、それを上回る愛を知ってしまったのだ。



「お父様。リヒト先輩はどちらに?」


「それが……この手紙を残して帰ってしまったんだよ。今はゆっくり休んで欲しい、と言っていたな」


 どこまでもプレセアを気遣ってくれるリヒトの優しさに思わず頬が緩む。

 その手紙を受け取り、プレセアはルイスへと視線を向ける。その視線は先程とは違い、とても冷たく鋭いものだ。



「もう話は終わりよ。帰っていただける?」


「っ!! そんな、プレセア!!」



 ルイスの手がプレセアへと伸びる。

 その手を勢いよく弾き、高らかに告げる。



__貴方は私に言った。幸せになって欲しいと。だから私は、本当の幸せを掴むの。



「もう二度と……その汚い顔を私に見せないで。不快でしかないわ。さようなら、ルイス」



 冷たい視線と言葉の数々を受けて、ルイスはその場に崩れ落ちた。



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