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ガラス瓶の中の魚

作者: 大川雅樹

久しぶりの投稿です

よろしくお願いします

 少年は異国の旅の途中で、小さくてきれいな魚の入ったガラス瓶を買いました。

 そのガラス瓶は、片手に治るくらいの大きさで、コルクでふたがしてあります。中の魚は見る角度によってキラキラ光り、不思議な色をしていました。

 魚はせまいガラス瓶の中も気にならないかのように、のんびりと漂っています。

 少年は、そのガラス瓶をたくさんの人が行きかう市場の露天商のひとつで見つけました。

その露天には、壺や木彫りの置き物、服にランプ等色々な物が並んでいましたが、少年はガラス瓶の魚に心ひかれました。

 座っていた異国人の店の店主は、観光客に慣れているのか、少年の国の言葉で話しかけてきました。

「その魚が気に入ったかい?」

少年がうなづくと店主は言いました。

「とても珍しい魚でね、めったに手に入るもんじゃないよ。」

少年はガラス瓶を手に取りながら言いました。

「本当にきれいな魚だね。」

店主は辺りを気にしながら、急に声をひそめました。

「実はその魚はこの世のものではないんだよ。」

「えっ!どういう意味?」

「わしは、ちょっと前に死にかけてね。あの世に行ってきたんだ。川の中にいてね、小さな魚が何匹か泳いでいてね、1匹をズボンのポケットに入れたんだ。病院で目が覚めた時、ズボンのポケットの中に魚が入っていてまだ生きてたんだ。」

「それ、本当なの?」

「ああ、だから水も変えなくていいし、えさもやらなくていいんだ。」

「へえ、すごいなあ。」

「今なら安くしとくよ。」

少年は妹へのお土産にと、パパからもらっていたお金で、そのガラス瓶の魚を買いました。

 少年の妹は、もう1年以上も病気で入院していました。

 旅行へは少年とパパの2人で行き、ママと妹は留守番でした。

 少年がガラス瓶の魚をプレゼントすると、妹はとても喜びました。

「ありがとう、お兄ちゃん。こんなきれいな魚、初めて見たわ。」

 少年は旅行中での出来事などを妹に話しました。妹は目を輝かせて、ママといっしょに聞きました。少年が船で帰って来た話をすると、妹が言いました。

「いいなあ。あたしも海に行きたいなあ。」

 少年は妹の手を握って言いました。

「病気が治ったら、みんなで行こう。」

「うん。」

 妹は小さく、うなづきました。


 それから数日が経ちましたが、魚はエサをやらなくても泳いでいます。少年はあの露天商が言った事は本当かもしれないと思いました。妹も魚に元気を貰っているようです。しかし、妹には魚があの世のものだとは言いませんでした。


 ある夜、少年が目を覚ますと、ベッドの脇に黒い人影が立っていました。

「誰?ママ?」

 ママにしては小柄すぎると少年は気づきました。影は少年と同じくらいの背丈でした。

 影が喋りました。

「僕はあちらの世界の使いさ。」

「あちらの世界?」

「あの世とも言うけどね。あちらの世界の魚が、こちらの世界に紛れ込んでしまったので、探しているんだ。」

「魚だって?」

「ああ、君が買った事までは、つきとめたんだけど。」

 影はキョロキョロしながら言いました。

「この家にはないらしい。魚はどこだい?」

 少年は妹に事を思い、とっさに嘘をつきました。

「あの魚は、帰りの船から海に落としてしまったんだ。」

「海だって!?そうかあ、海かあ。」

少年には、影ががっくりしたように見えました。

「やれやれ、海の中を探すのは大変だなあ。広いしなあ。」

 影は、闇の中へと消えて行きました。

 少年はその夜、眠れませんでした。


 病室で妹が、ガラス瓶の魚を見ながら少年に言いました。

「不思議だよねえ、こんな中で生きてるなんて。」

「きっと魔法でもかかってるのさ。」

「でも、この魚って病室から出られないあたしみたい。」

「何言ってんだよ。病気が治れば出られるじゃないか。」

「お兄ちゃん、あたしが死んだら、この魚を海に返してやって。」

「バカ!死ぬなんて言うな!」

 少年は思わず大きい声を出しました。

「ごめん、もう言わない。」


 少年は毎日病院に通いました。妹は学校に戻れるのを楽しみにしています。そして、またみんなで海に行く事を。

「海へ行ったら、この魚をガラス瓶の中から出してあげるの。」

「うん、そうしよう。」


 少年はいつも寝る前に妹の病気が治るように祈りました。そして、あの影くんの事を考えました。

(今も海の中をあの魚を探し回っているんだろうか?)

 少年はそんな影くんの事を考えると、とても苦しくなります。

「ごめんね。」

 そうつぶやいて、やっと眠りにつく毎日でした。


 そんな日々の中で、妹は徐々に元気を取り戻していきました。妹にはガラス瓶の魚が、心の支えになっていたようです。

 そして、少年が魚をプレゼントした日から半年が過ぎ、ようやく妹は退院しました。

 久しぶりに家に戻った妹は、真っ先に海に行きたいと、パパとママにせがみました。パパとママはまだ妹の身体が心配でしたが、少しだけならと、みんなで海に行く事になりました。もちろんガラス瓶の中の魚もいっしょです。


春の好天のなかで、海は静かに眠っているようでした。妹は大はしゃぎで波打ち際を走りました。少年も妹を追っかけました。パパとママもとても嬉しそうです。

 妹は少年に言いました。

「ね、お兄ちゃん。魚を海に返してあげようよ。」

「そうだな。」

 少年は持っていたガラス瓶のコルクを開けました。

そしてガラス瓶の水を魚ごと海に注ぎました。魚は少し戸惑っているようでした。

 そんな魚に妹が言いました。

「ありがとう、海へお帰り!」

 それが通じたのか、魚は、沖に向かって泳いで行き

姿も見えなくなりました。

 少年と妹は、手を振って見送りました。

「バイバイ!」

 その時、急に妹がハッとした様な顔で少年に言いました。

「ねえ、お兄ちゃん聞こえた?」

「えっ、何が?」

「今、海の方から、見つけたって声がしたよ。」

少年はびっくりして海の方を見つめました。その声があの影くんのものであってほしいと願いました。


 その夜、少年の夢の中にあの影くんが現れました。

 影くんは少年に言いました。

「おかげさまで、海の中であの魚を見つけたよ。」

「半年も探していたのかい?」

「あちらの世界では、時間はあまり関係ないんだ。

「ごめんなさい、実は・・・」

「ありがとう、これで僕もあちらに帰れるわ。」

「ねえ、影くん    君は幽霊なの?」

 影くんは、しばらく黙っていましたが、また喋り出しました。

「僕が死んだ時、水たまりが出来るほど泣いてくれた人もいたよ。その水たまりはとても温かいけれど、とても悲しいものだった。だけど土が水を吸い込む様に、その涙も心の中へ染み込んでいくんだ。ゆっくり、ゆっくりとね。」

 少年は影くんに言いました。

「僕はとても怖かったんだ。もしも、妹が死んじゃったらどうしようってね。そんな事考えちゃいけないと思っても、頭から離れなかった。」

「君には、まだこれからいっぱいの時間がある。水たまりの涙を流す時も来るかもしれない。でもね、その涙の水たまりを吸った心は、とても柔らかい土のようになるんだ。そして、そこから新しい芽が出て花が咲き、実になるんだ。」

「ねえ、影くん。これは夢だよね?」

「そうさ。だから君が朝起きたら、僕との話しも忘れているよ。」

「じゃあ、あんまり意味ないね。」

「いいや、気づかないうちに君の心に染み込んでゆくのさ。」

そして、少年は久しぶりに深い眠りにつきました。


            (了)

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