第3話 差出人と迷推理
題名は書かれていなかった。
表紙はまだ新品のように綺麗に形を保っている。
姉が置いていったのか?
そんな素振りは無かったが。
不思議に思いながら、1ページずつ、なんとなく慎重にめくる。
それはおそらく社会の板書ノートであった。
常に一定の大きさの綺麗な字で、赤や青といった色も混じりながら美しい面を作っていた。
15ページほどめくるとその右のページからは、純粋な、真っ白な無垢のページが続いていた。
白紙だと思ったその右のページをよく見てみると、下の方に何やら小さめに、今にも消えてしまいそうな儚い雰囲気の文字が、一文を連ねていた。
『今度は一緒にゲームしましょう』
筆跡が板書のものとほぼ同じだった。
ノートの持ち主と同じ人が書いたのか。
こんな言葉を俺に書けそうなのは姉しかいないが、これは姉のものではないだろう。
面倒くさがりで早とちりな姉は、こんな回りくどいことはしない。
ましてや、こんな綺麗な字でもない。
差出人の見当をつけた俺は、このノートのからくりについて一人で議論した。
数日後、姉がまたXを家に連れてきた。
Xは今日も勉強道具を持参していた。
しかし、この前とは何か違う。
ああ、服か。
私服なんだ、今日は。
この前は学校終わり、荷物だけ置いてすぐに家に来たから、そのまま制服だった。
しかし今日は日曜日。
学校もないので、私服だ。
俺は姉の友達には何人も会ったことあるし、彼女らの私服姿も見たことある。
そして同じようにXも何もおかしくない普通の私服であったが、俺はどこか違和感を覚えた。
俺が注視していると、Xは少し恥ずかしそうに顔を赤らめた。
姉たちは今回も2人で勉強をするらしい。
終わったら3人でゲームをする、という二度目の正直的な確約を交わし、俺はまた自室に籠った。
自室ではゲームはしなかった。
あとでゲームはするはずだからそのときのために楽しみはとっておく、なんて理由もあったが本当の理由は違った。
というのも、俺はノートの件を姉に隠していた。
特に隠さなければいけない理由なんてなかったが、Xがわざわざノートを使って置き手紙のようなことをしてきたのは、おそらく姉にバレてはいけないからだろう。
なぜバレちゃいけないか。
俺は1人での議論の末、思いついた。
姉はいつも俺に勉強をしなさい、と年上気取りをして勉強を催促してくる。
自分のことは棚に上げて。
最近の姉はXと定期的に勉強をしているようだから、おそらく今はやる気がある時期なんだろう。
つまり、俺にも勉強を強要する時期、ということでもある。
しかし最近姉に勉強しろと言われた記憶は無い。
これらの状況から俺はある一つの推理をした。
姉は俺にゲームをさせずに、俺が自ら勉強をするのを待っているんだ、と。
姉が最近Xと2人だけで俺を入れずに勉強をしているのも、実は部屋で2人でゲームをしていて、バレないように俺をハブってんだろう。
そして、俺がゲームをしようと姉の部屋に向かったときに、すぐにXを帰らせた。
そのあと、俺のことを気の毒に思ったXが俺を心配して、励ましの置き手紙をくれたんだ。
我ながら名推理である。
あれ、でもこの前Xが帰ったあと姉とゲームしたな。
結局、俺は真相が分からないままだった。