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オーガスト日記  作者: フィクサー
第3章 終焉の八月編
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第18話 厳しい勘違い

 俺はYに家の中を紹介することにした。

 紹介する間、俺たちは二人きりだった。

 一刻も早く事を済ませたい俺は、この状況を割り切ることにした。


 リビング、ダイニング、和室、トイレなどの重要な部屋だけを案内した。

 もちろん姉の部屋や俺の部屋については触れない。

 なんとなく教えてはいけない気がしたからだ。


 Yは廊下の途中で、ある部屋の前で足を止めた。

 そこは俺の部屋だった。

 Yは閉まっている俺の部屋の扉を無言で見つめる。

 俺は得体の知れない恐怖で、全身の毛穴から今にも汗が吹き出しそうだった。


「ふーん」


 Yはそれだけ言って、俺を無視するようにみんなのいるリビングへと一人で歩いて行った。



 あれから一時間ほどが経った。

 時刻はまだ十時にもなっていない。

 俺は緊張することをやめ、Yを気にかけながらもゲームを楽しむことにした。

 せっかく友達が来てくれているんだからな。


 肝心のYはというと、彼女も男子のゲームに混ざって割と楽しんでいるようだった。

 ゲームというものは、5人という素数人数でするには少々不便かと思ったが、5人のうち一人が休んで、また次は別の一人が休んで、という方式では非常にスムーズに進んだ。

 また、ゲームはYとの相性も良かった。

 Yは俺の中のイメージではゲームのしない、孤高で謎の多い人物だと思っていたが、実際男子と流暢にコミュニケーションをとっているところを見ると、意外と普通の感性を持つ女子のように見えた。

 しかし、俺にはYの心の奥底には黒い何かが静かに息を潜めているような気がして、とてもYを信用する気にはなれなかった。



 昼になった。

 一旦ゲームは休憩しようということで、ご飯も兼ねて一度みんな帰宅することになった。

 男友達は一人、また一人とその数を減らしていった。

 気づくと、既に部屋にはYと俺の二人だけになっていた。

 俺たちはそれぞれテレビの前のソファーの端と端に座っている。


 俺はこの気まずい空気に耐えかねて、Yに話しかけようとした。


「Yはそろそろ帰らな……」

「この前はごめん」


 同時だった。

 Yも俺に話しかけたのだ。

 しかも、その言葉は謝罪だった。

 本当は、俺が謝るべき立場だというのに。


「私ね、あなたに好きな人がいるのは知ってるの。だからさ、その、邪魔してごめん。それに、私の周りの子たちがちょっと早まっちゃたのも」


 俺の本音は歪んでYへと伝わる。

 俺とYは、まるで違う言語で会話をしているようだった。

 俺はできるだけ優しく正しい言葉で本音を吐いた。


「俺は好きな人はいないよ。本当に。それにYのことは邪魔となんか思ってないし、もちろん嫌いでもない。Yの周りの子たちは少し苦手だけど、もう特に気にしてないよ。俺の方こそごめん。あと、もう少し俺の言葉も信じて欲しい」


 言い切った。

 やっと言えた。

 これで本当に心の中の薄い霧が晴れる。


「ありがとう。私ちょっと勘違いしてたみたい。もうちょっと頑張ってみるよ」


 ん?なんか最後変なこと言ってた気が...


「とりあえず私一回帰るね」


 そう言ってYはリビングを後にした。

 俺もご飯を食べることにしよう。

 今日は親がいないから、自分でカップラーメンでも作るか。

 俺は麺をお湯で完全にほぐした気になって一気に吸い込むと、麺が喉に詰まって死にそうになった。

 嫌な予感がするな。



 俺はご飯を食べ終わって、一回自室に戻る。

 今日は俺がXに日記を出す日だったので、朝書いた記述に少し追記をしようとした。

 俺が階段を上がって部屋の前に着くと、朝閉まっていたはずの部屋の扉が開いていた。

 しかも、何やら部屋の中からかさかさと音が聞こえてくる。

 今この家には俺しかいないはずだったので、俺は恐る恐る扉を完全に開けて部屋の中へと入った。


 そこには交換日記を開いたYが硬直して立っていた。

 Yはこちらを見ると、すぐに泣き出してしまった。


「ばかあ、ばかあ」


 Yは手に持っていた日記を下に落として、さらに号泣した。


「私は信じたのにい。好きな人なんていないって」


 ぎりぎり聞き取れるくらいの声であった。


 俺は焦って弁明しようとする。

 必死に言い訳を考えるように。


「それは好きな人じゃない。本当だから。信じて、お願い」


 Yは泣きながら答えた。


「好きでもない人と交換日記なんてしないよ。

 信じられるわけないでしょ。

 嘘つき。もういい」


 Yは怒って俺の横を早足で通り過ぎた。

 まるで、あの日のようだった。

 俺は悪夢が思い出される。


 俺は次こそは後悔しないように。

 体中の勇気をかき集めて声にした。


「Y! 待って!」


 俺のそんな言葉はYの足音とともに消えて行った。

 Yは、俺の言葉に立ち止まってくれなかったのだ。

 俺はまたやってしまった、と激しく後悔した。

 しかし、これに関してはもはや俺は悪くない気もする。

 ただ、運が悪かっただけなのだ。


 そんなことを考えながら、俺は一応玄関から外に出る。

 もうYの姿は見えない。


 俺が遠くを眺めていると、ある一人の少女がこちらに走ってきているのが見えた。

 手には何も持っていない。

 徐々に近づくに連れて、俺はそれが姉だと分かった。

 息を切らした姉は、さらに顔には涙が垂れていた。

 まるで少し前まで号泣していたかのようなひどい顔だった。

 確か姉はXの家に勉強しに行っていたはずなので、俺は姉にXと喧嘩したのか、と尋ねる。

 しかし、姉は決して口を開こうとはしなかった。

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