第六話
後輩の谷原さんが配属されて2日経った。
仕事の流れや各所属の挨拶が済んでようやく谷原さんに自分の仕事を教えられる。
「先輩!おはようございます」
この後輩は朝から元気だ。
谷原さんは見た目が普通の人間に見えるのだが、本人は人間ではなく獣人だと言う。
羊の家系らしいが角が小さくいつも頭の髪の毛で隠しているそうだ。
午前中には一通り仕事の概要と流れを教える事が出来たが、谷原さんは呑み込みが早く助かる。
時計を見ると針が12時を指していたので谷原さんにお昼に行くように伝えようとした所
「先輩、一緒にランチに行きませんか?」
俺は一瞬時間が止まった。
それもそのはず、この会社に入社して女性からランチに誘われる事は無かった。
同期の女性から休憩室で一緒にお昼を食べる事はあったが、タイミングが重なって同じテーブルで食べる程度くらいだったので、(一緒にランチに行きませんか?)は少し感動した。
そんな考えをしていると谷原さんが改めて声を掛けてきた。
「先輩?」
俺は考える事をやめ谷原さんへ返事をした。
「あ、ああ、構わないよ」
(後輩とはいいな――)
後輩と社外に出てみたものの俺は近くのお店はあまり知らない。
いつもはお弁当があるから出る必要が無かったからだ、今日は弁当が運良く無かった。
うるるの寝坊に感謝だ。
「先輩、この近くに美味しいお店を調べておきましたので、そちらに行きましょう!」
なんて有能な後輩なんだ。
会社を出て5分ほど歩いた所に小さいがおしゃれなお店があった。
「へー、こんな所にお店があったんだな」
俺は店の外観を見ながらつぶやいた。
「先輩はあまり会社の近くは見て回らないんですね」
谷原さんが店のドアを開けながら俺に言ってきた。
「そうだな」
そう答えながら俺も谷原さんの後に続いて店に入り店内を見る。
店内は白系の薄い色を基調とした明るい雰囲気のお店だった。
壁には絵画や譜面らしきものが飾られている。
店内を見ていると店員らしい女性が声を掛けてきた。
「お二人様ですか?ご案内致します」
とても礼儀正しく身のこなしの鮮やかな店員がテーブルへ案内してくれた。
案内されたテーブル席は角ではあるが俺の座った後ろには大きな窓があり明かり綺麗に取り入れている。
「先輩、何を食べますか?どれも美味しそうですよ」
谷原さんはメニュー表を俺に差し出してきた。
メニューを見ると写真付きでいろんなメニューが並んでおり、確かにどれも美味しそうだった。
「これは――どれが良いのか悩むな」
メニューを見ながら悩んでいると、先程の店員が近寄ってきた。
「今日は、このオムライスがお勧めですよ」
と言い指をさす。
話を聞くと、ケチャップを自家製で作っており、今日の仕入れでとても良い卵も手に入ったそうだ。
「それじゃ、そのオムライスを1つ」
「あ、私もオムライスにします!」
すかさず谷原さんも言ってきたので、オムライスを2つ注文した。
数分後にはオムライスが2つテーブルに運ばれてきた。
確かにお店の人がお勧めするだけあって、美味しそうなオムライスだ。
卵の部分がふんわりしているので、おそらく割ると中から半熟のトロトロが流れてくるのだろう。
「先輩、早く食べましょう!私もう食べちゃいます!」
俺は手を合わせ頂きますと言うと谷原さんも手を合わせていた。
「うわぁ~!すごく卵がトロトロで美味しそ――」
谷原さんがスプーンでオムライスを口に運ぼうとした時に違和感を感じ俺は後輩の顔を見た。
谷原さんは口の前までスプーンを持っていたまま止まっている―そして目が何かを訴えている。
俺を見ていない、俺の後ろを見ているのだ―。
谷原さんはスプーンを下ろし小さな声で言った。
「先輩――後ろ―後ろに―」
俺はその言葉を思わず聞き返した。
「後ろ?」
そう言いながら俺は後ろを見た――。
そこには頬っぺたから顔を窓に張り付けてこちらを見ている顔があった。
うるかだ―――。