第五話
毎晩、俺が仕事から帰ると食事が用意されている。
うるかが毎日作ってくれているからだ。
正直、うるかの作った料理は美味しい。
疲れて帰ってきた体が癒されるのがわかるのだが、たまに酷い料理を食べさせられる事がある。
それはある日、寝坊をしたと弁当が無かった時に社内の女性と一緒にランチに行った事があった。
その日の夜いつもの様にうるかの作ってくれた晩御飯を食べた所、吐き気やめまいに襲われた事があり料理に毒を盛られたのだ。
あれはキツかった――いや苦しかった!そして蘇生をされた事を思い出しながらうるかを見る。
うるかは俺に見られて満面の笑みを浮かべているが、俺はあの時の事は忘れない。
うるかは普通の人間ではない狐の耳と尻尾があるいわゆる獣人だ。
この世界は人間と獣人が共存している。昔は人間だけが社会を動かしていたらしいが、ある日を境に獣人が姿を現した。俺が生まれる前の話だが人間は戦争を始め世界の人口が半分以下になった時に獣人が現れ始め人間を助け始めたそうだ。建物が倒壊し瓦礫の山を撤去する時に獣人に助けてもいらったとか、親を亡くした子供たちを獣人が育てたとか、いろんな噂がある。
その噂が広まり獣人は人間と一緒に暮らすことになったが今では普通に会社の社員として働いているものも少なくはない。現に俺の会社でも半分は獣人なのだから。
獣人は外見が異なるだけで人間とはほぼ変わらない。少し力が強いだけとか耳が良いという動物特有の特徴はあるものの人間と暮らすことで獣人と人間のハーフも多いためか人間に近い獣人もいる。
だが、うるかには普通の獣人とは明らかに違う。
傷を治したり、火を操ったりと不思議な力があり他の獣人には出来ない能力がある。
しかも死んだ人間を生き返らせる蘇生の能力もある。
この蘇生の能力は発動条件があるらしく、その条件に当てはまらないと使えないらしいが俺には普通に使えるらしい――何度も蘇生されたからわかる。
ちょっと他の女の子と遊びに行ったり、ご飯を食べに行ったりすると直ぐに刺される。
なんで俺の事を殺すのか今でもわからない。痛いからやめてほしいと何度も言ったのに――。
大事だからと言いながら刺してくるのは恐怖でしかないのに、最近は俺が慣れてしまったのか咄嗟に刺される!と身構える事も多くなった。
それで食事に毒を盛る事も覚えたらしい――。
俺の事が好きなのか嫌いなのかわからない。
それでも、うるかは俺の事を本気で心配してくれるし、懐いてくれているから俺からしてみれば悪い気はしない、むしろ俺がうるかの事を好きなのかもしれない。刺したり毒を盛られなければもっと良いのだが―。
ある日の朝、いつもの様に会社に出社し仕事の準備をしていると新しい社員が入社すると聞いた。
その新人社員が今後、俺とうるかの生活に関わってくるとは知らなかった。
「本日より配属されました”谷原 美奈”です。ご迷惑をお掛けするかもしれませんがいろいろ教えてください。よろしくお願いします。」
ハキハキと話す子だな、こんな子は直ぐに仕事を覚えて周りにも気に入られそうだと俺は思った。
そう考えていると部長から声がかかった。
「天仁君、ちょっといいか?」
俺は返事をして直ぐに部長の所へ行くと先程挨拶していた新人がそこにいた。
「今日から天仁君の下に付くから教育お願いするよ」
部長は俺にそういうと新人の方へ顔を向けた。
「あ、谷原です。今日から宜しくお願いします」
と俺に向かって深々とお辞儀をした。
俺は突然の事で事態を把握するのが遅れてしまったが、慌てて挨拶の返しをした。
「あ、ああ、よろしくね 俺は”穂谷野 天仁”です 何かあれば直ぐに聞いてください」
なんで新人に動揺しているのか――。
部長がこちらを見て何か言いたげな顔をしている。
じっと見られると怖いんだよ部長の顔、大きな体に熊の耳だもんな――。
「天仁君、君には初めての部下だからよろしく頼むよ」
部長の顔、笑っているのか真面目な顔なのかわからない。
「わ、わかりました」
俺は部長に頭を下げ新人――基、後輩と一緒に机に戻る。
「谷原さんの机はここね 俺の隣だからわからない事があれば聞いて」
谷原さんは荷物を置いてこちらに顔を向けると一言
「はい!先輩よろしくおねがいします!」
――この谷原さんが俺の生活に困難をもたらす人だったとは今は知らなかった。