ここは地獄だ、逃げられねーぞ!
地獄に堕ちた。
ろくな生き方をして来なかったから、それも当然だろって話なんだが、まさか、本当にそんなものがあるだなんて思ってもいなかったんだよ。死んだらそれでお終い。消えてなくなるもんだとばかり思っていた。
まぁ、もし知っていたとしても、大して変わらない生き方をしていたような気もするが。
ただ、地獄は少しばかり俺が想像をしていたのとは違っていた。一体、地獄のどこなのかはさっぱり分からないのだが、そこはまるで岩山の工事現場で、俺は強制労働をさせられている。いや、“まるで”じゃなくて、そのまんま工事現場なのかもしれない。俺ら地獄の囚人達は、岩山に道やビルを造らされているのだ。しかも、わずかだが給金も出た。獄卒は、まあ鬼と言えば鬼なんだが、まるで工事現場の監督みたいな恰好をしていて、俺らを見張っていた。
その獄卒らは、まるで話の通じない連中って訳じゃなく、ある程度は袖の下が通用するらしかった。同じ囚人仲間が、金を渡して仕事をサボらせてもらっていたり、酒や甘いもんを頼んでいたり、中には女を抱かせてもらっていたりもしていたんだよ。
実は俺には少しばかり金があった。
カツアゲをした時に返り討ちに遭って俺は死んだんだが、その時に握りしめていた金が何故か地獄に堕ちた後もそのまま残っていたんだ。これを獄卒に渡せば、なんか貰えるだろう。
ただ、金は限られている。俺は慎重に使い道を検討した。そして、生前、俺の子分だった奴の事を思い出したんだ。
俺は高校時代、ずっとその子分をいじめていた。金も巻き上げたしパシリにも使ったし毎日殴って憂さ晴らしもしていた。
今でもよく覚えている。俺が殴るとピーピー泣き喚いていた。背が小さくて痩せていて、いかにも弱そうな雑魚だった。便利だったから重宝したんだが、いじめすぎた所為か、ある日転校しちまった。つまりは逃げやがったんだ。
少しは後悔したよ。
もう少し手心を加えれば良かったってな。そうすれば、そいつは逃げ出さなかったかもしれない。もっといじめられたし、もっと金も巻き上げられていたのに。
俺は思った。
「この地獄に、あいつがいればきっと便利だぞ」
俺の代わりに仕事をさせて、給金も取り上げちまえば良い。女や酒だって、その金で買えるかもしれない。
俺は獄卒に金を渡すと、その子分をここに連れて来てくれるように頼んだ。断られるかと思ったんだが、なんと獄卒は快く引き受けてくれた。
やった! これで地獄でも楽ができるぞ!
俺は小躍りして喜んだ。
それから数日後、獄卒は子分を連れて来てくれた。
「――よお、久しぶりだな」
やって来た子分に俺はそう挨拶をした。思わず笑ってしまう。きっとにたにたとした嫌らしい笑顔だろう。
「ここは地獄だ、逃げられねーぞ!」
それを聞いて、子分は青い顔をするものだとばかり俺は思っていた。そして、逃げだそうとするだろうと。そうしたら、捕まえてヒーヒー言わせてやるつもりだった。
ところがだ。奴は意外な反応を見せるのだった。
何故か俺の姿を見るなり、嬉しそうな顔を浮かべて目に涙を溜めたのだ。
なんだぁ?
奇妙に思ったが、まぁ、良い。俺は奴に近づくと、「また会えて嬉しいよ。これからは、俺の代わりにここで働いてくれよ」と肩に手を置く。すると、奴はその俺の手をそっと握ったのだった。「僕もだ。会えて嬉しいよ」。そんな事を言う。
本当に、どうしたんだ?こいつ……
俺は疑問に思った。
首を傾げる。
マゾにでもなったのか?
奴は話し続けた。
「君を探していたんだ。君がもう死んでしまったと知った時には悲しかった……」
なんだかよく分からないが、俺の機嫌を取って、少しでも楽をしようって腹なのかもしれない。
もちろん、そうはいかないが。
が、そう思いかけたその時、突然、奴の拳が俺の顔面に向けて飛び込んで来たのだった。物凄い拳圧だった。俺は後方に吹き飛ばされてしまう。
「……だって、もう二度と復讐ができないと思ったから」
そう言った奴は心の底から嬉しそうに、口の端をゆがめて凶暴に笑っていた。
「君と別れて転校した後、総合格闘術を習ったんだ。身体を鍛えるのはつらかったけど、君に復讐できるって思ったら耐えられた」
よく見ると、奴の体格は以前よりも一回りはがっしりして思えた。
へ?
と、俺は思う。
尻もちをついて驚いている俺の顔を奴は思い切り蹴り上げた。もんどりを打って俺は倒れる。激しい痛みが全身を駆け抜けた。「ギャー」と悲鳴を上げる俺に向けて奴は言った。
「さっき獄卒の人に聞いたのだけどさ、僕は囚人じゃないから、ここで働かなくて良いんだって。身体を鍛えて、美味しいものを食べて好きなだけ君に復讐ができるよ」
俺はそれを聞いて血の気が引くのを感じていた。
そんな…… そんな…
奴が言った。
「ここは地獄だ、逃げられねーぞ!」




