コピー軟派
お気に入りの服を着て外へ出た。異性とのデートへ行くのではないのはもちろん、友人と遊びに行くわけでもない。完全なる自己満足。それでも気分は良かった。天気も良いし。
昼はパスタにした。「一人でも牛丼いけますよ」ある女優がラジオで言っていたのを思い出す。確かに牛丼屋で、女が一人でいるところを見たことが無い。パスタ屋で男が一人、というのも違和感がある。案の定、店内は女たちで溢れていた。男一人のテーブルは一つもない。
ウエイトレスに案内されたテーブルに着くと、向かいの席の女子大生と目が合った。彼女は一人コーヒーを飲んでいる。四十を過ぎた自分に興味が?そんな考えがチラと頭をよぎっただけで有頂天だ。予想以上に今日の自分は良い。今の自分なら彼女に声をかけられるかもしれない、そう思えるほどに。幸いにもマイカーは昨日洗ったばかり。注文をした後、向かいの席を盗み見る、もう彼女はいなかった。
お気に入りの服を着て、車も洗ったばかり。が、あとはコンビニへ行って帰るだけ。四十男の一日なんてこんなものだ。
書類と免許証の表と裏の写しを送付しなければならない。切手を買い、コピーも終え車に戻る。封筒に写しを入れようとしたら、免許証の端が見切れていた。コピー失敗だ。もう一度店内に戻り、今度こそコピーを成功させる。と、背後に人の気配を感じた。「アノ、スイマセン」人の声もした。
アノ、スイマセン。異性に声をかけたことは無いが、かけられたことはある。あれは10年前。仕事終わりに作業着姿でコンビニへ行った。保険証の写しが必要だったので、コピーを取ったが見切れてしまった。再度取り直したところで後ろから声をかけられた。そこには化粧と香水の匂いがキツい、一人の若い女がいた。何でも財布を落としてしまったので、駅前の自宅まで送ってほしいという。何だか変に思った。が、我がアパートは駅近く、何かを期待をしつつ了承した。
2、3会話すると、自分が三十であることに「えー、ウソ!」と驚いていた。彼女はこれから友人らと食事に行くという。「お兄さんもどうですか」という驚くべき申し出もあった。中々可愛らしい女ではあったが、化粧と香水がどうも生理的にダメである。「これから恋人と出かけるんだ、やめておくよ」という、年長者風のウソでごまかす。「ええー」と言いながら愉快そうな彼女。中々楽しいひと時になった。彼女を駅前で下す。去り際、バックミラーで後ろをみると、彼女の周りにゾロゾロと、ブレザー姿の男と女たちが現れた。どうやら私は罠にハメられる所だっだ。不良生徒達がオヤジ狩りを企んでいたのである。
---一瞬であの記憶が蘇ってきた。充分警戒しながら「はい?」返事をして振り返る。が、警戒はすぐ解かれた。後ろにいたのは一人のオジイサン。「ちょっとコピーのやり方教えてほしいんだけど」縋るような目で懇願してきた。ホッとした。これなら罠も何もあるまい。「はいはい!」張り切った声でオジイサンに使い方を教えたのであった。
ようやく封書を投函し、マイカーを走らせる。相変わらず空は青い。バックミラーには、中々の男ぶりな我が肖像が映っている。が、声をかけてきたのはオジイサン。あのパスタ屋で女子大生に声をかけていたらどうなっただろう。異性に声をかけた事もない自分には、想像もつかないのだった。