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ラ・クンパルシータの夜  作者: 高峰 玲
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ラ・クンパルシータの夜〈前編〉




 時計もブレスレットもついてない両腕はひどく無防備なように感じた。指輪もネックレスも、耳飾りすらつけない。接触でひっかかって、動きの支障となるのが嫌だからだ。

 これが自分自身のことならば、何の遠慮もしない。思いのまま、好きなアクセを選び着飾る。だが気の毒な依頼主はすでに2回のチャンスを無駄にしていると聞いた。

 今夜がラストチャンス、つまり、崖っぷちなのである。

 また半年後には再度受験資格が与えられるが、それまでに、いまの身体に覚え込ませたあれこれを維持しつづけるために割く時間がもったいないと思うのは同感だ。

 日頃の彼の多忙ぶりを知っているだけに、ここで貸しの一つも作るに、あたしとしてはやぶさかではない。

 無数のピンと整髪料で固められた、揺るがぬ黒髪の牙城を(そび)やかし、やや居丈高にあたしは足を止めた。

 開演10分前、待合いのソファーからふたりの男が立ち上がる。


「長く待たせていないといいんだけど?」


 アレクシス・ワルキュナーはあたしを先行させると口元に笑みを浮かべた。

「いえ、私たちもたったいま来たばかりですよ、お嬢さん」

 同意を促す視線を受け、黒髪の男は言った。

「……よく来てくださいました。本日は、宜しくお願いします、たい……ご、ご令嬢」

 普段は雑に額を覆う前髪をビシッと上げ、仕立の良さそうなゆったりとしたスーツ姿の男の言葉に、あたしは辛うじて吹き出すのをこらえる。

「こんばんは……先生?」

 ご令嬢って、歴史ロマン小説(ヒストリカルロマンス)かよ、オイ……。

 気まずげに差し出された手に指先を預け、とりあえずはエスコートを受ける。すでにここから演技(だしもの)は始まっているのだ。

「高さは、問題なさそうね?」

 7センチのヒールを履いたあたしは水森亮一(みずもり・りょういち)とそう背丈が変わらなくなっている。

「お互いに動きやすいと思いますよ」

 実際、過去の経験からいえば確かにそうだった。足の長さが違えば一歩の距離がズレる。それを合わせる時間が必要ないのは、助かる。

Aのa(初歩の初歩)でいいのね?」

「はい、それで」

 ペアとしての見栄え、バランスを視認してうなずいたアレクとは対照的に水森医師の表情は硬かった。

 事情を思えば気の毒な状況といえる。現在の彼は軍属で、その昇級には細々とした軍のルールが絡んでくる。まさか士官学校卒業時に求められるお作法(マナー)がいま自分の身に降りかかるなど、思ってもいなかったのだろう。

「食前酒はどうなさいますか?」

 ショーフロアを取り囲んで配置されたテーブル席につくと、アレクがメニューを差し出してくれた。

「水でいいわ」

 あたしはそれを受け取ったが開かずに置いて、ナプキンを足に乗せた。いつもならば、ここで飲まないなんて選択をあたしはしない。だが、これから、他人様(ひとさま)の将来に関わる行動をするのだ、意識はクリアに保っておくべきだろう。

「こんなの、初めて来たけど結構なニーズがあるものなのね、ディナーショーって」

 お誘いいただいた立場なので、それなりの興味を示すために周囲を見渡し、社交的会話を提供する。


 水森先生のおごりでディナーはいかがですかとアレクに声をかけられたのは、今日の日課(トレーニング)を終えてシャワーした後、軽めのランチを食べているときだった。


 豪華宇宙客船ヴァルーナヴァティの5寝室スイーツを使うあたしたちは一応は同室なので、これまでにも何回か3人で夕食を一緒にしたことはあったが、ディナーショーなどという娯楽的なイベントに誘われる意味がわからなかった。

「なぁに? デートの斡旋?」

 やや警戒してわざと軽い言い方をすると、アレクは隠さずに説明した。

「社交ダンスの試験のためです。お嬢さん、初級レベルのタンゴを踊っていただけませんか」

「あたし?」

 少なからず驚くと、アレクは淡々と続けた。

 必須の2曲のうち、ワルツはダンス教室の先生(インストラクター)と踊ってクリアしたのだという。しかしタンゴは、先生との身長差でうまく決めれず不合格になってしまった。リベンジで先生のツテを頼ってプロのダンサーさんに踊ってもらったら……実力差ありすぎでミスマッチ判定からの不合格。これで2/3の受験機会を使っちまったわけだ。

「そこで、“崖っぷちの救世主”さまにおすがりしたいと」

 出たよ、古い因縁の称号が。

 “崖っぷちの救世主”と呼ばれたのは、実はあたしだけではない。士官学校ではその期ごとに存在していたといっても過言ではない。

 (いやしく)も軍の将校たる者、ダンスごときで後れを取るなどあってはならないと課題づけられ、これに落第したら卒業が認められないとの断固たる指針のもと、体育館で靴底を減らす日々だった。

 幸い、あたしはその前に放り込まれていたお嬢様学校でそれなりに修練を積んでいたので、曲の違いがわかる程度には踊れたのだが、いくらエリート軍人のタマゴで運動神経に優れた若者であっても、壊滅的なリズム音痴や情感失調な人間というのはいるもので、同期としてそいつらの面倒をみるのが“崖っぷちの救世主”なのであった。

 その名で呼ばれるのはたいていは女子だ。っていうか、男女でのダンスで評価されるので、分担して脱落者が出ないよう頑張らざるをえなかった。まあ、あたしの同期は45人中で女子が5人いたので割当8人で済んでマジ助かった。一期前は女子は3人だったそうだ。それで体力だけは有り余る奴らを相手になんとか見れるダンスを踊らせるのだ。正直、へとへとになった。役得は、踊った人員の中での最高評価で自分の成績がつくこと。たとえどんなにアレであっても不合格者はひとりも出さない、それが“崖っぷちの救世主”たる所以(ゆえん)となって代々続いていた。

「撮影対象認識しますので、バングルは着けていていただけますか」

 幅1.5センチの金属製のそれは船内での認識証だ。かざせば船室や利用可能な設備に入る鍵になるし、サービスの使用料を支払うカード代わりにも万が一のときの身分証明にもなる。

 バッグから取り出して左手に着けると、撮影機2台にアレクはあたしと水森亮一を設定した。この状態で撮影すると、背景とあたしたち以外の人間はぼかされて映るので肖像権問題がすんなり片づく。

 ちまっと小盛りの前菜をカトラリーで解体しながらあたしは普通に会話した。

「で、いつ?」

「今日は3曲目のようですので、ショーのあいだはお食事をどうぞ」

 どうやら食事中にプロのダンスを見て楽しみ、食事後は好きな曲のときに客が参加できるスタイルのディナーショーらしい。だからこんな、どの皿も一口で終わりそうな盛りつけなのか(笑)

 何を食べても眉間のシワが消えない水森医師には悪いが、あたしは食事もダンスも堪能させてもらった。






to be continued……





 




読切にするはずが……


〈後編〉はホワイトデーに公開予定です。







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