黒髪ショートボブ
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「それで……オマエは俺だけじゃなくて、しゆのさんのバイト先である喫茶店に顔を出して、しゆのさんを不快にさせた……そうだな?」
「ふ、不快になんてさせてない! あ、あれは彼女を救ってあげようと……!」
「イヤイヤ、オマエの主張なんでどうでもいいの。俺達は、事実を聞いてるワケ」
「…………………………」
俺の言葉を否定し、論点をすり替えようとした和也だったが、後藤くんに正論を突きつけられて口をつぐむ。
「どうなんだ?」
「……き、喫茶店に行ったのは事実だけど……」
和也はそうとだけ言うと、また俯いてしまった。
まあ、まだ始まったばかりだ。全部吐かせないと。
「その次の日も、オマエは店の前で張り込み、しゆのさんを待ち伏せしていただろう?」
「ま、待ち伏せなんかじゃ……」
「じゃああの時、オマエは何の目的であそこにいた? そして、あそこで何をしていた?」
「う……」
「ちゃんとオマエの口で言えよ」
「……そ、その……兄さんに騙されてるってことをしっかりと教えてあげようと、彼女を待ってた……」
はあ……やっぱりしゆのさんを待ち伏せてたんじゃないか……。
俺は額に手を当ててかぶりを振ると、改めて和也を見据えた。
「じゃあ次だ。オマエ、俺やしゆのさんのバイト先、女の子から聞いたって言っていたが、本当は俺達の後をつけていたんだろう?」
「っ!? 違う! そんなことしてない!」
俺がそう告げると、弟はこの期に及んでなお全否定してきた。
「そんな訳ないだろう。俺のバイト先はずっと倉庫作業だから誰かに会うなんてことはないし、しゆのさんだって喫茶店の娘である瑞希さん以外、同じ高校の奴が店に来たことはないんだぞ?」
「ほ、本当だよ! 僕は神に誓ってそんなことはしてない! 本当に、クラスの女子に教えてもらったんだ! 『あの塔也さんは運送会社で、萩月さんは喫茶店でバイトしてる』って!」
懇切丁寧に指摘してやったんだが、和也はそれでも同じ主張を繰り返す。
「ね、ねえ本当だよ……! お願いだから信じてよ、兄さあん……!」
訴えかけるような目で俺に縋る和也。
俺はそんな弟をグイ、と引き剥がす。
「今さらオマエの言葉なんて到底信じられないが、念のため聞いておく。お前に俺達のバイト先を教えた女の子は、なんて奴だ?」
「う、うん! 同じクラスの“神森陽菜”っていう女子だよ!」
俺が信じたと思ったのか、和也は表情を明るくして女の子の名を告げる。
“神森陽菜”、ねえ……。
「……聞きたいんだが、その“神森陽菜”って女の子、“黒髪ショートボブ”じゃないか?」
「! そ、そう! そうだよ! その子が神森さんだよ!」
やっぱり……。
「な、なあなあ池田クン、その女の子、知ってんの……?」
「知ってるというか……」
そう、その女の子はこれまで何度も目撃している。
何度も下駄箱付近で和也と遭遇した時、いつも和也と会話していた。
それだけじゃない。
昨日、喫茶店で窓ガラスに映っていたあの女の子もそうだし、今日校門ですれ違ったのも……。
「そ、そういや今日も弟クンと教室で喋ってた子も……」
後藤くんが思い出したかのようにポツリ、と呟く。
「なあ……オマエとその女の子、一体どういう関係なんだ?」
「ど、どういうって……?」
「単に仲が良いにしてはおかし過ぎるだろ。もう今さらなんだ、全部言え」
俺は和也の両肩をつかみ、諭すように促した。
すると。
「……神森さんは僕が転校してきてから、隣の席になった女の子で……」
観念したのか、和也がポツリ、ポツリと話し始めた。
◇
始業式の日、隣の席にいた彼女が、僕に話しかけてきたんだ。
『君……誰かに似てるって言われない?』
そう尋ねられたけど、そもそも僕は転校してきたばかりだし、知ってるのなんて兄さんくらいだから、よく分からないまま首を振ったのを覚えてる。
その時、ついでだから兄さんの学校での評判を尋ねたんだ。
ほら、中学の時は僕の陰に隠れて、完全にモブだったしさ。僕がいないここではどうだったのかなって。
そしたら、彼女は色々教えてくれたよ。
兄さんが同級生の女の子を襲ったって噂を立てられて、学校中からディスられていた話とか、その後、実はそれが冤罪で、今度は逆に兄さんに関わり合いにならないように学校中から避けられるようになったとか。
あと、そんな腫れ者状態の兄さんなのに、どういう訳かこの学校で一番可愛いって噂のしゆのさんと付き合ってるとか。
さすがに話を盛り過ぎじゃないかと思って、他のクラスメイトにも同様に聞いてみたけど、やっぱり同じ答えだった。
そしたら今度は、その女の子がこう言ったんだ。
『誰かに似てると思ったら、“池田塔也”さんだ!』
って。
さすがにまずいと思って、僕はそれを全否定したよ。
だって、僕が兄さんの弟だって知れたら、この学校でも僕は終わっちゃうからね……。
でも、彼女……神森さんはそれからもしつこく絡んできては。
『ねえ、あなたのお兄さんにあんな彼女がいるなんておかしくない?』
『あのギャルみたいな萩月先輩には、池田くんみたいな人のほうがお似合いだと思うけどなあ』
『というかいっそのこと、池田くんが萩月先輩を救ってあげたら?』
そう言って、いかにしゆのさんが兄さんに相応しくなくて、僕こそが隣に立つべきだ、救うべきだって……。
元々兄さんがしゆのさんと付き合っていることが気に入らなかった僕は、神森さんに協力してもらって、兄さんからしゆのさんを奪う……いや、救ってあげることにしたんだ。
すると彼女は、兄さんとしゆのさんのバイト先はもちろんのこと、他にも二人のことについて色々と教えてくれた。
少し気味悪いな、って思ったけど、それでも彼女が親切にしてくれたし、すごく協力的だったから、そのままお願いした。
下駄箱前でそれとなく様子を窺う時には一緒にいてもらったり、学校での二人の動向を追ってもらったり……。
「……だけど、昨日警察から実家に連絡が入ったと、母さんから心配して電話が掛かってきて……そ、そのことも彼女に伝えたんだ。そしたら、『大丈夫、それはあと少しで萩月先輩が君に救われるところまで来たってことだから』って、ニコリ、と笑って……!」
「「…………………………」」
俺と後藤くんは、和也の告白に思わず絶句する。
何だよそれ……ほとんどホラーじゃないか……。
「……それで、オマエはこれからどうするつもりだ?」
「ど、どうって……に、兄さんがもうこんな真似するなって自分で言ったじゃないか……」
そう言うと、和也は不服そうに視線を落とした。
コイツ……こんなヤバイ橋渡らされているのに、全然気づいてないぞ。
「和也」
「な、何だよ……ヒッ!?」
俺は和也の名前を呼び、胸倉をつかんで思い切り引っ張って顔を近づけ、至近距離で睨みつけると、和也は喉を鳴らした。
「金輪際、二度としゆのさんに近づくな、視界に入るな。もし、それを破ったら……俺は何をするか分からないぞ?」
「わわわ、分かったよ! 約束! 約束する!」
俺はそのまま和也を突き押すと、和也がその場で尻餅をついた。
「……さっさと消えろ」
「っ!」
和也は後ずさりしたかと思うと、勢いよく立ち上がって一目散にこの場から走り去った。
「なあ、池田クン……弟クンはこれでいいとして、神森とかいう二年はどうすんの?」
「……まあ、会って話をするしかない、かな……」
俺は和也が逃げ去ったほうを見つめながら、後藤くんにそう呟いた。
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