第9話 恋人(仮)との朝の一幕
「また、寝付けなかった……」
ミアが来てからというもの、色々心を乱されっぱなしだ。
何か重要な約束があるというし(しかも、俺が覚えてる中のどれかだとか)。
それに加えて、デーティング期間と来た。
そりゃ、俺とだけだと言ってくれたのは嬉しかったけど。
少し、昨夜のことを思い出す。
◆◆◆◆
「なあ、ちょっとはっきりさせておきたいんだけど」
我が家での夕食の後、自室で俺たちは二人きり。
「なに?」
「いや、デーティング期間ってのはわかった。でも、何していいか悪いかがわからん」
ネットの知識に頼るのはやめにした。
こいつの言うデーティングとやらは、色々違うようだし。
昔からの付き合いらしく、わからないところは、正面から聞くのだ。
「基本的には何でもオッケーよ?」
蠱惑的な表情で惑わすような言い方をしてくる。
「なんでも?」
なんでもと言われると色々想像してしまう。
「ひょっとして、エッチな事考えたでしょ?」
頬を赤らめて、そんな事を言われると色々想像してしまう。
「少しは。付き合うって言ったら、そっちも少しは考えるだろうし」
「そ、そういうのは心の準備が出来てないから。でも、キスまでなら……」
顔が真っ赤だ。って、
「そっちだと唇同士のキスもそんなに軽いのか?」
昨日はほっぺにチュッとされてしまったけど。
「そんなわけないでしょ。ほっぺにキスでも下手したらセクハラよ?」
昨日、同意せずにしてきたのはいいかと言いたくなったが、黙っておく。
俺も嬉しかったのは事実だし。
「私なりに真剣なのよ?」
言葉を聞いていれば、冗談の類ではないことはわかる。
でも、キスまで許す関係だけど、正式な恋人ではないというのが腑に落ちない。
「デーティングってのがさっぱりわからん」
「私もわからないわよ。初めてだもの」
どこか、戸惑ったような声。
要はあれか?母国の慣習に従って、まずは……と言ってみたものの、
そもそも、何すればいいかわからないと。
「でも、普通にデートに誘ったり、イチャついてもいいってことだよな」
「い、いちゃつくって……。もちろん、OKだけど」
うつむきながら、声がどんどん小さくなっていく。
聞けば聞くほど、恋人との差がわからないけど、こいつなりに重要なんだろう。
◇◇◇◇
登校の途中。ふと、隣を歩く彼女の手を握ってみたくなった。
(こういうのはOKだよな?)
そろり、そろりと手を近づけると、なんだかあちらからも手を近づけてくる。
そして、手を絡み合わせる。
「うん。なんか、色々幸せだ……」
デーティングだろうがなんだろうが嬉しいものは嬉しい。
「私もよ、咲太」
ミアも照れくさそうに言う辺り、悪い気はしてないんだろう。
「これからも、こうしていいか?」
「もちろんよ」
これからは当然のようにこう出来るのか。
そう思うと、嬉しくなってくる。
◇◇◇◇
そして、登校してみたら、予想通り、
「ね、ミアちゃん、結局、いつから咲太君と付き合ってたの?」
恋バナ好きなクラス女子である山吹さんがミアに話しかけていた。
「え、えっと。実は、スイスに居たときから」
そこで誤魔化すのか。でも、デーティングと言っても意味不明か。
「ふーん。咲太君も隅に置けないねえ。で、遠距離恋愛だったわけかー」
「そ、そういうことよ」
どんどん設定が作られていくぞ、大丈夫か?
「交際はどうやってたの?電話?メール?SNS?ビデオ通話?」
恋バナに興味を持った女子は恐ろしい。
「ぜ、全部かしら。月に1回はビデオ通話してたし、ツイッターも」
実は、ミアも俺もツイッターのアカウントを持っている。
ミアのアカウント名はmiamiaだ。割とそのまんま。
俺のアカウントはsakusakuだ。同じく割とそのまんま。
こいつがスイスに居たときは時差があったから、時々リプを飛ばし合ったりしていた。
最近までやってたのだけど、むしょうに懐かしいな。
しかし、恋人でなかった事はおいとけば、まんま真実を話してるな。
「小学校の頃からでしょ。咲太君も情熱的だねー。それとも、ミアちゃん?」
「いやまあ、両方だと、思うぞ?」
噛み合ってないようで噛み合っている会話だ。
お互いに交流を続けたいというのは、双方の意思だったと思う。
「でも、遠距離恋愛だと辛くない?たまに会いに行ったりは?」
もうやめてくれ。どんどん俺たちの交流が暴かれていく。
「年に1回は咲太がスイスに来てくれたわ……」
そして、ミアさんや。顔を赤らめて嬉し恥ずかしな語りはやめてもらいたい。
恋する乙女みたいじゃないか。いや、間違っていないのか?
「へー。やっぱり、咲太君が積極的だったんだー。そういうの、羨ましいなー」
「ま、まあ、そんな大したことじゃなかったって」
「大したことじゃない?」
きっと、鋭い目でミアに睨まれた。しまった、失言だ。
「いや、言葉の綾って奴で、もちろん、大切な想い出だ?」
その事は嘘偽りはない。
「それなら、ほんと他人が出る幕ないわねー。男子どもも、諦めなよー」
また、山吹さんは吹聴するようなことを。
変な虫が寄ってこなくて助かるとも言えるか。
一通り、俺達の恋路を聞いて満足したのか、山吹さんは去って行った。
「スイスに居たときから遠距離恋愛してた事になってるけど、いいのか?」
「べ、別に今、お付き合い、みたいな事をしてるし、誤解されてもいいわよ」
それもそうか。
「しかし、昨日は開きなおった風なのに、今日はやけにしおらしいな」
「そこは女心をわかってほしいんだけど」
「……わかった」
あの時は勢いで、って奴なんだろう。
ほんと、異文化交流は色々やっかいだ。
こうして、俺達の新たな、恋人(仮)としての一日が始まった。
恋人仮免許に落ち着いた二人。
恋人との差がわからない咲太と、それはそれで嬉しげなミアとの一幕でした。
次は部活の話か、昔の想い出の話でもやろうかと思います。