第5話 1つ目の約束
転校に色めき立つクラスメイトはおいといて、1時間目は数学だ。
「さて、この方程式、"(2x+y)+(x-y)i=9+3i"に当てはまる、実数xとyを求める問題ですが……誰か、解ける人はいますか?」
数学教師が、俺たち生徒に向かって問いかける。比較的初歩的な問題だ。
実部と虚部に分解して、普通に方程式を解けばいいだけの、単純な計算問題。
「はい!」
何やら、いつもは積極的に挙手しない男子生徒が手を挙げていた。
どちらかというと、内向的な奴というイメージで、あまり交流がない。
その視線の先を見ると、ミアだった。
(なるほど。可愛い転校生の前でいい格好をしたい、ってとこか)
まだ性格もよくわかっていないのに、容姿だけでその気にさせるとは。
「では、斉藤君、解いてみてください」
ということで、斉藤君が前に立って黒板に答えを書いているのだけど……。
(ミスってるぞ、斉藤)
どうも緊張感マシマシで、アガっているようだ。
「というわけで、"x = 6, y = -3"になります」
と彼は答えたのだが、
「それだと、"9+9i=9+3i"になってしまいますね」
と轟沈。とても恥ずかしそうで、いたたまれない。
「はいはいはい!じゃあ、私が解いていいですか?」
今度はミアが挙手。やけにテンションが高い。
さらさらと、解法を書いていき、
「x = 4, y = 1となります」
と淀みなく答えた。
トチらなきゃ普通に行ける範囲だが、転校初日でなのは、さすが。
「正解です。斉藤君も、ちょっとしたケアレスミスでしたね」
と普通に終わったのはいいのだが。
その後の、物理、現国、日本史ともミアは積極的に挙手をして答えていったのだった。クラスメイトたちも、数学と物理はともかく、現国と日本史まですらすらと答えるミアに舌を巻いた様子で、授業が進行するに連れてざわめきが増えて行った。ミアは常日頃から努力を怠らないやつなので、きっとかなり予習して来たんだろう。
結果として、ミアは
「ミアちゃん、すっごーい」
「なんか、頭の出来が違うよなあ」
と、謎の尊敬を集めてしまった。
なお、
「類友っていうけど、さすが、咲太の幼馴染やってないな」
「昔の咲太を思い出すわね。妙に優等生な所が色々と」
という悪友達からの評価は大変遺憾だと言いたい。
お昼休み。
本来なら、異国の地から来たクラスメイトに、あれこれ質問するんだろうが。
「ねえねえ、ミアちゃん。今度、勉強教えて?」
「スイスって、日本語の授業とかもあるのか?」
「スイスって、日本史もやるんだね」
スイスがとても凄い方向に誤解されていた。そんなスイスは無いからな。
また、別の方面では。
「ライン交換しよう?」
「俺も、俺も」
「クラスのライングループに入れちゃおうぜ」
と、早くも馴染み始めている。
日本人離れした容姿に近づきがたさを感じていた連中も、日本語が普通にしゃべれるミアを見て、親しみを感じたらしい。チャラい連中も話に絡み始めているのを見ても、早い内に仲良くなっておきたいと思う奴は多いんだろう。
(しかし、なんかモヤる)
別に俺はミアの恋人でもなんでもない。
第一、クラスに早く馴染めるのはいいことだ。
でも、クラスに馴染み始めた彼女を見て、寂しい気持ちを感じてしまう。
俺は、馴染むのに苦労するミアの保護者でもやりたかったのだろうか。
だいたい、さっきは特別な関係をバラされて憂鬱だったわけだろう?
なのに、今度は特別じゃないと嫌だとか、我儘にも程がある。
隣にいると何か悪い気がして、席を外して物思いにふけっていると。
「咲太、なんか表情暗いけど、どうしたんだ?」
悪友の隼人が心配そうに声をかけて来てくれた。
「いや、自己嫌悪に陥ってたとこ」
「ミアちゃんのことか?」
「そゆこと。転校初日で、ああも馴染まれると、ちょい寂しいっていうかな」
「なるほどねえ」
隼人は何かを悟ったようだ。
「友達同士、仲良くなるのはいいことなんだけど」
どうも、俺は心が狭い奴だったらしい。
「お前らの関係はわからんけどさ。頑張れ」
そう励ましてくれた隼人の心遣いがありがたかった。
ほとぼりが冷めた頃を見計らって、席に戻ると、何やらミアが物言いたげだった。
「咲太、何か元気ないけど、どうしたの?」
本当に心配した様子で声をかけてくる。
「いや、別に何でもない」
言える訳がない。妙な独占欲を抱いてましたなんて。
「ひょっとして……寂しかった?」
こいつはサトリか。
「……まあ、ちょっとはな」
その程度なら認めてもいいかと、肯定する。
「咲太、そういうところ可愛いよね」
そして、なぜだかミアの奴は嬉しそうだ。
「なんで、楽しそうなんだよ。趣味悪いぞ」
自然と声はぶっきらぼうになってしまう。
「違うよ。そこまで、想ってくれたのが嬉しかったの!」
その言葉に、顔が、かーっと赤くなるのを感じる。
「咲太、「約束」覚えてるよね?」
約束、か。これ絡みでいうと、
「俺がお前の一番の友達だって、あのこっ恥ずかしい奴か?」
記憶の引き出しから、それはすぐに出てきた。
「そうそう。あ、でも、これは本命のとは別だからね?」
また、こいつは引っ張りやがる。
「で、それとこれと何の関係が?」
「だって、一番かどうか気にしてくれてたんでしょ?」
「それもあるけどな」
しかし、それはついでなのだ。俺のは単なる嫉妬。
「心配しないで。私は、ずっと咲太の一番の友達だから」
照れる様子もなく言えるのは、ほんと何なんだか。
でも、そうまで言われて拗ねてるのも、おかしな話か。
「確かに、一番の友達だな」
だから、俺はそう言って、笑ったのだった。
離れていたのに、変に距離が近すぎるのも困りものだ。
というわけで、交わした「約束」の一つのお話でした。
二人が交わした約束は結構いっぱいあって、この後も時折登場する予定です。