第3話 帰宅と我が家
「ただいまー」
「お邪魔しまーす」
揃って元気よく家の玄関をまたぐ。
「別に、ただいまでいいんだからな?」
「あ、間違えちゃった。じゃあ、ただいま!」
なんて言い合っていると、奥からパタパタと音がする。
「あらあら、ミアちゃん。お久しぶり。本当に大きくなったわねー」
顔を出したのは、我が母、矢崎星子。
もうすぐ40歳になろうかというところで、少しふっくらとしている。
「最後にお会いしたのは、小さい頃でしたから。ちょっと恥ずかしいです」
なんだか、照れているようだ。まあ、こっち来るの久しぶりだしな。
「相変わらず礼儀正しいのね。でも、別に敬語使わなくていいわよ?」
なんて妙に優しげに言う母さん。
「相変わらず、ミアにはだだ甘だな、母さんも」
「咲太もそんな事言って、ミアちゃんがこっち……」
聞き捨てならないことを話そうとした、母さんをやや強引に引っ張って行く。
「別に照れなくてもいいのに、咲太ったら」
ニヤニヤ笑いの母さん。あー、もう。
「言ったら、絶対、あいつからかってくるから」
「いいじゃないの。今更、恥ずかしがる歳でも無いでしょ?」
「俺は恥ずかしいの!」
「はいはい、わかったわ。黙っておけばいいのね?」
「そういうこと」
危なかった。もっと先に口止めしておくべきだった。
「で、どうしたの?咲太」
「なんでもないわよ。ちょっと息子をからかって遊んでただけ」
「えー、それは気になります。是非とも!」
ほら、食いついてくる。
「いいから。母さん、ミアを部屋に案内してやって」
「はいはい、それじゃ、付いてきて?」
「はーい!」
元気よく返事をするミア。
そして、母さんが案内したのは、二階奥にある空き部屋。
俺の部屋のちょうど隣にある、来客用の寝室だ。
「わあー。すっごく綺麗ですね!」
歓声を上げたミアにつられて部屋の中を見る。
ベッドにふかふかお布団、勉強机。クローゼットなどなど。
生活に必要なものが一揃え運ばれて来ていた。
「足りないものがあったら、何でも言ってね。ミアちゃん」
「はい。お母様!」
何故だか直立して敬礼のポーズを取るミア。
「何のネタだよ?」
「ちょっと嬉しすぎて、はしゃいじゃっただけ」
まあ、嬉しいのはさっきから見ればわかる。
俺は俺で、そんなに嬉しいのかと照れくさい気持ちになる。
それから、俺達はいったん解散。
ミアも旅の疲れがあるだろうし、俺も部屋に引っ込むことにする。
「しかし、ミアと同居、か……」
こうして過ごすことを夢見ていたはずなのに、実感が湧かない。
(ずっとビデオチャットをしていたせいだろうか)
あいつがスイスでどんな中学・高校生活を送っていたか、断片的にしか知らない。
月に1回程のビデオチャットと、SNSでの交流。
それと年に1度、スイスに遊びに行く時に泊めてもらうこと。
交流と言えばそれくらいだ。
なのに、いざ過ごすことになったのを当然のように受け入れている俺がいる。
(あるいは……)
普通の人は、思い出というのはだんだん色あせていくものらしい。
ただ、俺は、忘れたくないと願った風景はいつまでも頭に鮮明に残っている。
どうも、無意識下でそうなっているらしい。
しかし、俺はどれだけミアの事を考えてるんだってことになるわけで。
意識すると恥ずかしすぎる。
そんなこんなで、気がついたら夜になって、ミアを囲んでの夕食。
「お父様に会えないのは、少し残念です」
夕食のカレーライスを食べながらのミアの一言。
「仕事柄仕方ないからねえ」
父さんは、東南アジアに長期出張中で向こう1年は帰って来れない。
だから、しばらくはこうして三人で夕食を囲む風景が普通になるんだろう。
「たまに電話来るから、話してやってくれよ。父さん、喜ぶぞ?」
「咲太は相変わらず、家族想いなんだね。変わってないんだから」
「そういう事言われると、色々恥ずいからやめてくれ」
「なんで?いいことじゃない?」
何を言ってるんだろう、という顔のミア。
思春期男子の、微妙に家族と距離を置きたい心情を理解してくれないか。
いや、考えてみると、ミアはお父さんっ子だったか。
だから、そういう言葉に照れを感じるのが不思議なのかもしれない。
あるいは、日本とスイスのお国柄が違うのか。
夕食を終えた俺は、独り、ベッドに転がって、考え事をしていた。
言うまでもなく、ミアとの事だ。
「やっぱり、俺はミアの事が好きなんだよなあ」
口に出すのも恥ずかしいが、やっぱり認めざるを得ない。
一緒に暮らせると知った時の喜び。
再会のハグをされた時の気恥ずかしさ。
全てが、俺が彼女を好きなのだと告げている。
ただ、一つ重大な問題がある。結局、それは-
(告白、出来ないんだよなあ)
告白文化がない問題だ。
I love you相当を言わない、わけではないらしい。
しかし、そこで良いお返事を貰っても、お付き合いが始まるわけでもないと。
(一体どうしろって言うんだよ)
デーティング文化とやらに従って、デートに誘えばいいのか?
しかし、軽いノリで「デート行かない?」とか俺には無理だぞ。
だいたい、そこで「ボーイフレンドとしてはちょっと……」とか言われてみろ。
絶対に立ち直れない自信が俺にはある。
大体、日本人な俺の想定するデートとミアの想定するデートは同じなのか?
日本より遥かに空気読む必要がある恋愛文化だ。
(うん。当面は様子見だな)
ミアだって久しぶりの日本に慣れるのが重要だろう。
だから、そんな浮ついたこと考えるより、まずは彼女を支えよう。
我ながら、臆病だと思うけど、仕方ないんだ。
というわけで、チキンな主人公は様子見を決め込むことにしたのでした。
次章からは、いよいよ学園生活開始、です。
異文化交流的な面でもお楽しみに、です。
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