第1話 彼女が日本にやって来る
さて、前から温めていたお話を投下です。
ちょっと一風変わった恋愛模様をお楽しみください。
幼い頃、隣の一軒家に外国人の一家が住んでいた。
金髪で碧い瞳のおじさんとおばさん。
それに、銀髪で碧い瞳をキラキラさせた、ちっこい女の子。
物怖じしない彼女と僕はまたたく間に仲良くなった。
悪戯や勝負、クイズが大好きな彼女とはよく一緒に遊んだものだった。
でも、一家との別れは唐突にやってきた。
「向こうに行っても、友達で居てくれるよね?」
不安に揺れる瞳で、懇願するような声の彼女。
僕も、同じ事が不安だった。だから、
「ああ、ずっと一番の友達だ。絶対の約束だ」
別れる前に僕も約束をした。
何かある度に約束するのは僕たちの間のルールだったから。
◇◇◇◇
ある夏の深夜。一月に一回の、俺がとても楽しみにしている時間。
「咲太、こんばんは!Good Evening!Bonsoir!」
俺の幼馴染であるミアの元気な挨拶の声が、ディスプレイ越しに響いた。
透き通るような銀髪に、俺くらいある高い背丈。
碧く大きな、キラキラ輝く二つの瞳。
花が咲いたような笑顔。それと、胸もまあ色々と。
モデルのような美人だけど、子どもっぽい顔つきで、昔の面影をよく残している。
スイスのミア・カーティスと話すのは、楽しい一時だ。
「こんばんは、ミア。ボンソワーって何だ?」
たぶん、何語かでの「こんばんは」だろう。
「フランス語でこんばんは、の意味よ」
道理で。でも、
「なんでいきなりフランス語が入るんだよ」
「一応、フランス語教育も受けてるアピール」
いや、わけがわからんから。
「要らん要らん、そんなアピールは」
「えー?ノリが悪いよー」
こうやって雑に扱うと、ぷくりと膨れた顔をする。
そんな様子も少し子どもっぽくて可愛い。
「そっちはまだ夕方か?」
日本時間で午前1時。深夜真っ盛り。
スイス時間にして午後5時。まだ夜には早い時刻だ。
こっちは少し眠気がして来ているけど、ミアと会える貴重な時間だ。
眠気覚ましのドリンクまでわざわざ飲んでいる。
「夏は日が落ちるの遅いから、まだまだよ」
夏にミアの住むスイスのローザンヌにお邪魔したときのことを思い出す。
彼女と別れてから年1回、数日間、ホームステイさせてもらうが俺の楽しみだった。
そのたびに、午後8時前なのに、空が明るくて、日本との違いに驚くのだ。
あ、今年はまだスイス、行ってないなあ。
「夜が遅いの、ちょっと羨ましいな」
そうすれば、もっとこうして一緒にしゃべっていられるのに。
1ヶ月に1度のビデオチャットは嬉しくて、少し切ない。
「そうかしら?私は、夜が長い方がいいのだけど」
しかし、ミアには、意味が伝わらないようだった。でも、伝わっても困るか。
「ところで、そっちは元気でやってるか?」
こう言うとき、俺はミアの居るローザンヌの景色を思い浮かべる。
いかにもヨーロッパ然とした古い建物が並ぶ街並み。
通りづらい路地に、たくさんの坂道。全てが色褪せない。
「相変わらずよ。勉強も遊びも」
「そうか。でも……」
「?」
彼女が首を傾げる。こんな仕草も様になるんだから、美人はずるい。
「ミアも成長したなって。それだけ」
色々な意味でな。
「なあに、それ?」
ミアがクスッと笑う。彼女と離れて約5年。本当に変わった。
ちっさかったあのミアが俺と同じくらいの背丈に。
体つきも、女性らしい丸みを帯びた感じに。
「いやほんと、去年よりもだいぶ背が伸びたぞ」
「ふふーん。もう、咲太に並んだんだから!」
えっへんと胸を張るミア。
発育が良いので、特に胸の辺りが目の毒だ。
俺が男だというのを忘れてないだろうか?
「変なところで張り合わないでいいって」
「えー?私は、ずっと悔しかったんだからー」
「なんでだよ」
「だって、並ぶと妹みたいじゃない?」
「理由になってないから」
よく、昔のこいつは、俺と背を比べて悔しがってたっけ。
ふと、小学校の頃の風景がパラパラ漫画のように蘇る。
「咲太は楽しくやってるの?」
今度は彼女からの質問だ。目を爛々と輝かせている。
好奇心旺盛で、いたずら好きな彼女。
「正直、ミアが居る高校生活を満喫したかったな」
隣に彼女がいる風景を妄想しながら言ってみる。
「咲太ったら、お世辞がうまくなったわよね」
ミアの方はお世辞だと思ったらしい。
「別にお世辞じゃないから」
本当に。
「とにかく、まあまあ楽しいぞ。部活仲間も友達もいい奴だし」
「スイスは部活ないのよねー。部活、やりたいなー」
頬杖をついて、羨ましそうな顔をして言ってくる。
スイスには、放課後の部活動という奴はないと聞いている。
俺から部活の話を聞いては、こいつはよく羨ましがっている。
「じゃあ、日本に来たらどうだ?」
彼女が住んでいるスイスからここまではとても遠い。
飛行機に乗っても、ざっと15時間はかかる。
だから、ちょっとした軽口のつもりだった。
もし、実現したら嬉しいだろうな、というくらいの。
「……ふふふ」
そのはずだったのだけど、ミアは何やら不敵な笑い。
「どうしたんだ?」
これはなにかあると直感した。
悪戯を仕掛けたときの笑みだ。
「聞きたい?」
ミアはこうやって俺を焦らすのも大好きだ。
「もったいぶらず話せよ」
だから、あえて不機嫌ぶって答えを促す。
「実は今度、日本に帰るって言ったらどうする?」
ミアの口から出た言葉は、想像を超えていた。
一瞬、何を言っているのかわからなかった。
「冗談、だろ?」
自然とその言葉は口をついて出ていた。
「そう思うわよね。思うわよね」
ミアはミアで煽ってくる。
「無駄に引っ張るなって」
「実は……今度、日本の高校に転校することになりました!」
どうだ!と言わんばかりのドヤ顔だ。
「は?」
「もっと驚くとこでしょう?」
「ジョーク、じゃないんだな」
「ジョークを言っている顔に見える?」
「言いそうな気もするけどな」
でも、彼女の表情と目は本気だと語っていた。
「本当よ。来月、そっちの高校に転校するの!」
転校。日本が、ミアの高校に。
間違った。ミアが、日本の高校に。
驚き過ぎて、日本語がおかしくなってしまった。
「なあ。まさかと思うけど」
ミアのことだ。まさか、見知らぬ地にというわけではないだろう。
だから、期待を込めて聞き返す。
「もちろん、咲太と同じ高校よ?」
やっぱり。それを聞いたときに浮かんだのは、喜び。
ミアとまた一緒に過ごせるんだ、と。
でも、ミアは、当然といった表情で言ってくる。
「親父さんとお袋さんは?一人で来るのか?」
彼女の両親はスイスの時計メーカーで働いている。
再び、転勤することになったのだろうか。
引っ越して来た彼女の家に遊びに行くこともあるだろうか。
気持ちばかり逸る。
「うーん、どうしよっかなー。じゃあ、ヒント!咲太の家!」
ミアの大好きなクイズだ。
「俺の家?」
考えを巡らせる。俺の家、俺の家……。
お袋が「今度お客さんが来るから」って、来客用の部屋を片付けていたな。
そういうことか。
「ひょっとして、ミアの引越し先って……俺の家?」
それしか考えられない。
ミアと一つ屋根の下。
嬉し過ぎて、まだ信じきれていない自分が居る。
「ピンポンピンポーン!大正解!」
大変嬉しそうに擬音を口ずさむミア。
悔しいけど、とても可愛らしい。
「それって決まったの、いつだ?」
昨日今日の話じゃないだろう。きっと。
「3ヶ月くらい前だったかしら」
不敵な笑みを浮かべながらのミア。
全く、こっちの身にもなって欲しい。
「意地が悪いな。もう少し早く教えてくれても良かっただろ」
自然と声に恨みが籠もる。準備だってしたかったのに。
「サプライズ!でも、咲太の驚く顔が見られて良かった♪」
「俺は変なサプライズはやめて欲しいんだが」
「また斜にかまえちゃってー」
「どこがだよ」
「大好きなミアちゃんと一緒に暮らせて、俺はもう……!とか思ってるくせにー」
またミアは煽り口調で言ってくる。
こんなところが好きで、でも、憎たらしい。
「どこのラブコメだよ。友人として好きなのは否定しないけど」
友人としてだけじゃないけど。
だけど、言葉にしたくなくて、それだけをぶっきらぼうに言う。
「つまらないのー。「ミアなんか!」って言ってくれたらツンデレっぽいのに」
ちぇっという顔のミア。
実は、俺自身、少しツンデレの気があるのではと思うが。
こうして、気持ちを誤魔化すところとか。
「今どき、ツンデレは流行らないんだよ」
バレていないようなので、そう言い返す。
ミアは中学高校はスイスで過ごしているが、生まれと育ちは日本だ。
だからか、やたらとアニメから得た知識を持ち出す悪癖がある。
「でも、ミアと一緒に暮らせるのは楽しみだぞ」
これも本音。
大学はスイスに行こうかと考えていたくらいだ。
|スイス連邦工科大学ローザンヌ校《École polytechnique fédérale de Lausanne》
という大学がローザンヌにはある。そこに行こう、と以前から考えていたのだ。
ミアと一緒にいたい、ただそれだけのために。
「私も楽しみ!」
無邪気にはしゃぐ彼女は、昔から変わっていない。
「で、いつ来るんだ?」
「1週間後にはそっちに着くかな」
「じゃあ、空港に迎えに行くな。成田空港でいいか?」
「うん。楽しみにしてるわ、咲太」
「ああ、俺も楽しみにしてる、ミア」
こうして、夜のビデオチャットは終わった。
(ミアと同居か。年頃の女の子だし、色々気を遣わないとな)
俺の脳裏には、未だに小学校の頃あった、彼女との思い出が焼き付いている。
でも、彼女はもうその頃とは違う。立派な「女の子」だ。
ああ、でも。スイスだと日本と違う色々があるかもだよなあ。
(そういえば、スイスの恋愛事情ってどうなってるんだろうか)
別に他意はないんだ。なんとなくなんだ。
自分に言い聞かせて、検索して出てきたページをなんとなく読む。
そこに書かれていた事は驚くべきことだった。
(「告白」がない、だと……?)
つまり、仮に、仮にだ。
「ずっと好きだった、付き合ってくれ。ミア」
と言ったとしてだ。「はい。私も好きでした」
なんて事には絶対にならない、ということだ。
好いてくれているなんて、自惚れてはいけないけど。
(しかも、デーティング文化?)
要はお試し期間という奴で、他の人とデートしてもいいらしい、のだ。
俺は目の前が真っ暗になる思いだった。
文化の違いだとわかっている。だから、受け入れなければならないのだけど。
(色々つらい)
それに、ミアだって故郷にいい仲のボーイフレンドがいるかもしれない。
だから、仲のいい友達以上に踏み込むことすら出来るかどうか。
(一緒に暮らせることをまずは喜ぼう)
うん、そうだ。そう、俺は自分を納得させたのだった。
こうして、少し臆病で素直になれない俺と、
悪戯好きで好奇心旺盛な幼馴染との物語が始まったのだった。
皆様、こんばんは。
というわけで、「告白」の文化がない国から来る幼馴染との恋物語が本作になります。
先が気になる方は、感想やブクマ、評価いただけると嬉しいです。