悪役令嬢、貴族籍を剥奪される
今も続く婚約破棄もの。
今回は悪役令嬢が悪役令嬢のまま、断罪される系のお話。
この作品の登場人物に、正義の権化や善性の塊的人間はいない事に、ご注意とご了承下さいませ。
9/11 誤字報告有難うございます! 修正しました!
「有難うございますわ、ヨシヤギ」
ここは王都にある、貴族の子女達が貴族らしくあるための、教育を受ける学園。
中でも様々に使われる、多目的ホール前に馬車で乗り付けられるよう設けられた、空間。
そこへ馬車から、ヨシヤギと呼ばれたまるで肌に浮かぶ悪い血の色みたいに見える瞳の若い男性御者が差し出す手を借りて、降り立ったご令嬢。
「卒業パーティーを、どうぞ楽しんできて下さいませ、オノムネエ様」
「ふふっ。 勿論そのつもりよ?」
オノムネエと呼ばれた令嬢は、いかにも気が強そうな美しい顔立ちで、白く透き通る肌にストレートロングの金髪で翠眼。
身に纏うドレスは明らかに勝負ドレスと分かる深紅の豪華な物で、長手袋もヒールも同色でまとめている。
そして譲れないのは、意中の男性が持つ瞳の色をした髪飾り。
ローズカットの大きなサファイアが映える様に作られた、大変豪奢な物。
オノムネエ一世一代の艶姿にて、エスコート役不在のパーティーへ挑まんとしていた。
~~~~~~
「オノムネエ・ブアン公爵令嬢っ! 貴様が今までワーラフ・デンガー子爵令嬢へ行ってきた、悪辣な所業の数々!
愛しき新しい婚約者ワーラフ嬢と力を合わせ、証拠を今日この日のために揃え、貴様へ婚約破棄と共に罰を申し渡す!!」
卒業パーティーがつつがなく終わるかと思われた刹那。
オノムネエの婚約者であったバオカ・ナ・スコム第二王子が、大音声で場を支配した。
今回は第二王子の卒業式でもある為、国王もパーティーに参加していたが、特に動きは無い。
恐らく全て承知の上なのだろう。
片腕でワーラフ嬢の腰をとり、大空のように澄んだ碧眼をギラギラ輝かせ、魔法で縛り付けたオノムネエや生徒達を睥睨する王子。
単身で会場入りしたオノムネエにざわついていた頃の空気なんて比較にならぬほど、パーティー会場は騒然とし始めた。
まあ、それはそうだろう。 国内の力関係が大きく動くのだ。
王太子は第一王子。 それは動かせない情勢ではあるが、今回の事で第二王子にまつわる物が大きく変わる。
ブアン公爵家が第二王子の後ろ盾ではなくなる。 これだけでどれほど大きな影響が出ることか。
それにデンガー子爵家なんて木っ端の下位貴族が、いきなり台頭するかもしれない。
貴族の子女として、今後どう動けば家の利益となるか。 ここが興廃の分岐点になるかもしれないのだ。 騒然としない訳がない。
「――――以上だ。 オノムネエ・ブアン公爵令嬢、これに異議はあるか?」
こんな場であるが、バオカ王子はオノムネエがしてきた罪状を列挙し、マイペースに責め立てる。
ワーラフは勝ち誇っているのか、バオカ王子へしなだれかかり、オノムネエにしか見えない絶妙な角度で邪悪な笑みを見せつけた。
そんなワーラフに構わず、姿勢よく神妙に聴いていたオノムネエは、一度ゆっくりと目を伏せてから王子を強く見据え、きっぱり言い放つ。
「有りませんわ。 全て私の行いで間違いありません」
再び会場が騒然とする。
彼らが見ていた普段から品行方正で、王子の婚約者として相応しい振る舞いを心がけていた、あの完璧令嬢は嘘だったのだ……と。
この時ワーラフは、自分達から注意をそらして騒ぐその会場にいる全員を、こっそり眺めた。
オノムネエだけに見せた邪悪な笑みから推測するに、自己満足の為なのだろう。「これはワタシが話題の中心になった、その証なのよ」と言うかのように。
「やはりか。 ワーラフへの嫉妬するにしても、やり過ぎたんだよ。 貴様はな」
バオカ王子は自己陶酔でもしてるのか、演技過剰に……身ぶり手振りが大げさになっていて、何度も何度も会場中のあちこちへ視線が飛んで落ち着きが無い。
つられて気分が良くなったのか、ワーラフも勝利の可愛らしく誇る笑みを、周囲へ振りまく。
オノムネエは魔法で縛られたまま、不動の姿勢で立ち尽くすのみ。
「さて、オノムネエ・ブアン公爵令嬢へは、罰を与えよう」
「はい」
場がある程度落ち着いた頃を見計らってバオカ王子が罪人を見据え、その罪人も堂々とした様子で応じた。
「貴様を即刻死刑としたい所だが、それでは罰が重すぎる。 よって、国外追放とする」
「分かりました。 オノムネエ・ブアン、罰を真摯に受け止めますわ」
申し渡された罰を即座に受ける、その潔さには会場全体が舌を巻く。
これが最上位貴族の令嬢が見せる矜持か、と。
嫉妬心にのまれてやった事でも、婚約者に不貞を働かれた事でも、相手に悪い部分があったとしても、行った罪は罪だと認めて罰をうける姿勢がそれか。 と。
「その態度や良し! 衛兵達は、この罪人を連れていけっ!」
そして、自らの不義理に目を向けず、のうのうと正義を振りかざす醜さも同時に知った。
令嬢を凶行に走らせた原因とも言える、身勝手の見本みたいな者へ、権力を与える危険性も一緒に。
婚約破棄と聞いて即座に動き出した野望を抱く輩の中にも、何か変化が有ったやも知れない。
「皆、すまない。 この卒業式と言う大切な場で、見るに耐えない罪人の断罪劇など見せてしまって。 邪魔者は消えた、気分を一新して楽しんでいってくれ!」
自分勝手にしか聞こえない言葉を残し、去るバオカ王子と自称・新婚約者の背を冷めた目で見送る多数の生徒達だった。
~~~~~~
卒業パーティーがあった日の夕方。
夕日を背にして、王都へ急ぐ平民の幌馬車があった。
「オノムネエ、考え直してくれないか?」
「なりません。 私……いえ、わたしは決めてたんだから。 それに、その為に色々準備もしてきたんだもの」
馬車を操るのは、あのヨシヤギと呼ばれた御者。
馬車の中で揺られるのは、貴族に相応しく上品な仕立ての服を着たふたりと、場違いな平民服のひとり。
……いや、逆だ。 平民の幌馬車に貴族が乗り込んでいるのだから。
罪人として追放されたはずで、今は平民用のくたびれた服を着こみ、変装の魔道具で地味な町娘へと姿を変えたオノムネエ。
貴族籍剥奪を受け入れたのか、くだけた口調になっている。
隣に座るは、金髪で黄緑色の眼をしたサオニーマ・ブアン公爵子息。
「姉様、ブアン家は王家の暗部頭として任を受けていますが、姉様が王都の平民から情報を集める総責任者として、市井にまぎれる必要はないのですよ?」
それとサオニーマとは逆隣に座る、オノムネエの妹、ナシナ。
オノムネエが国外追放令を受けたのは、実はわざとである。
バオカ王子がワーラフへ熱を上げたのは事実で、婚約の解消か破棄を計画している情報を掴んだ結果、それを逆利用してやろうとなった次第。
これに一番乗り気だったのがオノムネエ自身で、追放途中に賊から襲われ、命を落とすシナリオまで書いたのもオノムネエ。
これでオノムネエは死に、名前を変えて市井へとけ込むのだ。
「わたしは昔から、貴族の生活が合わないと感じていたわ。 もちろん今も――――」
「――――だったらブアン家の領地で良かっただろ? なにも王都でなくとも……」
オノムネエの独白を遮り、せめてもの抵抗としてとけ込む先を地元へ変えたがるサオニーマ。
彼は妹が可愛いのだ。 王都の平民居住区に住まれてしまうと、気軽に会う機会があまりないのだ。
あまり会えなくなるのは、とても寂しい。
しかしそんな説得に耳を貸すオノムネエではない。
「もう決めたことだから」
「…………」
強く言われてしまっては、反論の余地など無い。
だって無理矢理兄の都合で言うこと聞かせたら、悪夢の「お兄様なんて嫌い!」がやって来るかもしれない。
兄はそれをひどく恐れるほど、家族として愛している。
うなだれてしまった兄を捨て置き、今度は姉妹の会話。
「ナシナ。 ワーラフの演技は良かったよ」
ナシナの頭を撫でる手は優しく、顔も慈愛に溢れていた。
「その為にもあの女へ近付いたのですから、当然です!」
令嬢らしい口調は乱さないが、可愛らしく胸を張る姿は若干幼く見える。
「お兄様と一緒に魔道具で変装、あの馬鹿ふたりを演じる程度なぞ、なんて事はありません」
どうやらあの断罪劇をしていたのは、この3兄妹だったようだ。 なぜそんな事を……と、その時の聴衆がここに居たら思うだろう。
余談だが、その時兄妹が使っていた変装用魔道具の片方を、オノムネエへ渡している。
「あの時見えた範囲の、生徒達がとったリアクションを分析して報告する作業を、忘れちゃダメだからね?」
「ええ、忘れませんわよ。 いつか国の危険分子へ育つ可能性を密かに見つけ、表へ出ないよう対処する任務こそ、ブアン公爵家の使命ですもの」
………………そう言う事か。
あの騒動でどう動くか。
野心を持って動いたか、ただ愚直に家へ報告するか、何もできず狼狽えただけか、観劇気分で見ていただけか、この状況を見越して何をするのか。
バオカ王子(偽)とワーラフ(偽)がやたらと会場中へ視線を飛ばしていたのは、パーティー参加者の人間性を見極めるためだったのか。
「ところで、本物のふたりはどうなったの?」
そう、忘れてはいけない、その部分。
「察していると思いますが、既に魔物達のエサとなりました。 近々体調不良と公式発表されて、およそ1年後辺りで病死……の予定と聞いていますわ」
「そうなの」
「王子という公僕が公益を忘れ、下位貴族の安いハニートラップにかかるだけでなく、更正の余地無くあっさり手玉にとられるなど……。
そして過ぎた野心を持って、騒ぎを起こしたデンガー家も拘束済み。 時機をみて処分ですわね」
「うん、そうなるよねぇ」
物騒な話をまるで日常の事とする姉妹に、兄や御者以外の者がいたら震えていただろう。
「それで、私からもお願いです。 裏方の花形であると同時に、危険もその分多い王都勤めは、考え直して頂けないのでしょうか?」
ナシナの顔には姉をただただ心配する、生の感情が浮かんでいた。 うなだれていたサオニーマも顔を上げ、似た表情でオノムネエを見つめる。
そしてふたりの願いは、当人の決意した姿を見れば叶うかどうか、とてもよく分かる事だろう。
~~~~~~
「ヨシヤギ、お待たせしました」
王都の平民区、その中にある一軒家の前で、オノムネエとサファイアみたく煌めく瞳のヨシヤギが、にこやかに挨拶を交わす。
「いえ。 ご家族への説得、ありがとう。 そしてお疲れ様でした」
「ふふ、貴方と夫婦になる為だもの。 疲れの内に入らないわよ」
「偽装上での夫婦ですが、それでもこうしていられるのは光栄です」
慇懃無礼にもとれる、仰々しい態度で紳士の礼をとるヨシヤギへ、冷たい目で返すオノムネエ。
「わたしの護衛兼遊び相手として、幼い頃から一緒に育った貴方と、本当の夫婦になりたいのよ。 その為に実家から離れたかったんだから」
普通なら赤面しながら言うであろうセリフを、こんな面でブッ込めるオノムネエになにかを感じたのか、ヨシヤギが微かに震える。
「光栄です我が妻。 これからも、どうか末永くお側に置かせて下さいませ」
なぜ馬鹿丁寧に、下からの物言いをしたのだろうか?
その理由を知ってか知らずか、さっきのヨシヤギを無視するみたいに喋るオノムネエ。
「バオカなんかと婚約させられなければ、ヨシヤギと夫婦になりたいと何度願って、反対にバオカを幾度呪ったことか」
紳士の礼のまま、細かく震え続けるヨシヤギ。
「これでやっと、誰にも邪魔されない幸せな生活が送れるのよ。 わたしはやっと報われたわ」
ここでヨシヤギはカッ!と目を強く見開く。
ここだ、ここしかオノムネエの呪詛を止めるタイミングが、無い!!
気張れ! ヨシヤギ!!
「そうだね。 だから幸せな家庭を作ろう、オノムネエ」
決まった……!!
これなら、自身が震えずに済むだろう!
そんな達成感を抱えつつ、ヨシヤギはドヤ顔を決めた。
だが、あまりうまく決まっていなかった様だ。
オノムネエの顔がとても微妙になっている。
「オノムネエは死にました。 ここにいる貴方の幼妻(おさなづま)は、ジェーンよ?」
そう。 ヨシヤギも指令書を読んで知っているはずだった。
だが、つい慣れ親しんだ名前で呼んでしまっていたのだ。
ちなみにだが、ヨシヤギの名前が変わっていないのは、オノムネエの護衛が要らなくなったから解雇された……設定であるため。
間違いを指摘されて、少し意識が飛んでいたヨシヤギだが、なんとか正気へ戻る。
「そうだったね、ジェーン。 ずっと外にいるのもなんだし、家へ入ろうか」
戻って捻り出したものは、なんと雑な言葉か。
でも実際は確かにそうだ。 家の前で立ち話する若夫婦……どうにも変な感じがする。
ご近所宅の、木戸の隙間から飛んで来る好奇の視線が、微妙に痛い。
引っ越し当日にトラブルか? もしかしたらまかり間違って早期離婚とか? そんな事やったらご近所の伝説だぞ? お?
そこまで妄想逞しくしてしまいそうになるご夫婦に、少し焦りが浮かぶ。
「そうね。 家の中で、何をしましょうか?」
冷めた目が一転。 凍っていた水がいきなり溶け出すような、暖かい笑顔となる美人にドキッとこない男はそう居ない。
当然ヨシヤギはそれにやられるも、何とか醜態を見せず、オノムネエの手を強引に掴む。
「これからもよろしく、愛しのジェーン」
「ええ、こちらこそ。 ヨシヤギさん」
年若い、情熱が駄々漏れする夫婦は、家の中へ消えていった。
馬鹿王子と結婚(婚姻)したくなかったご令嬢が、自身の持ちうる全てを使って願いを叶える話。
そもそもとして、デンガー子爵とその令嬢を焚き付けたのは誰だったんでしょうね? (悪い顔)
そうそう。 作中の流れで書けなかったけど、バオカ王子の護衛兼お目付け役兼側近候補の御学友達は、ワーラフとの事を諫めようとしました。
でもそれが気に食わないとかで、バオカからクビ宣告を頂いてますから、本編には出てくる余地が無い設定でございます。
~~~~~~
オノムネエ・ブアン
オノムネエ→おのむねえ→のおねえむ→ノーネーム 決してノームネーでは無い。
ブアン→ぶあん→あんぶ→暗部
ジェーン→ジョン・スミスやジョン・ドゥと同じくジョンの代わりにジェーンが入る 名無しの権兵衛……その女性版
ヨシヤギへの恋心は一応本物。 しかし、本人が持つ立場や経験から、夫婦生活が安泰でいられるかは未知数。
冒頭の髪飾りのサファイアは勿論、ヨシヤギの瞳の色。
ヨシヤギ
ヨシヤギ→よしやぎ→ぎよしや→御者
恋人やヒーローとかからアナグラム(になるのか?)したかったが、読者様から簡単に見破られる可能性を危惧して御者。
ブアン家に仕える使用人の子供。 頭のデキも運動神経も良かった為、護衛兼遊び相手としてオノムネエに関わり続ける。
ジェーンの尻に敷かれ続ける未来が、君を待つ。
サオニーマ
サオニーマ→さおにいま→おにいさま→お兄様
流石です、お兄様!
妹大好き。 もちろんひとりの女性としてではない、分別のついた好青年。
ナシナ
ナシナ→なしな→ななし→名無し
暗部の家らしく、それっぽい名前を探してみた。
家族大好き。 ネエ様が一番好き! ヨシヤギがネエ様を守れなければ、その時は……なんて暗い感情を持っているかは謎。
バオカ・ナ・スコム
バオカナスコム→ばおかなすこむ→おばかなむすこ→お馬鹿な息子
読んで字のごとく。
ワーラフに籠絡され、王子の義務さえ忘れたお馬鹿な息子。
メインの罪状は、王が決めた婚約を独断で反故にした事。
王=国 王が決めた事に逆らう=国家反逆罪=死罪
魔物のエサになったのは、卒業パーティー前日の夜から当日未明にかけて。
代償はとても高くついた。
ワーラフ・デンガー
ワーラフ・デンガー→フラワー・ガーデン→花壇→花畑
バオカと並んだらお似合いの素敵なカップルになるんじゃない? なんて甘言に、コロッと行っちゃった頭が花畑な娘さん。
過ぎた野心で、国王が決めた婚約をメチャクチャにした元凶として、国王の命令でバオカ共々処理された。
国王
バオカが狙った卒業パーティー及び、ブアン家の暗躍。全て知った上で参列していた。
自身の息子であっても、国民のひとりとして公平に罰する態度は立派。
でも、親としてそうなる前に止められなかった、悪い親でもある。