第七話 攻略
ああ、これ死んだかも。
目の前に迫るその脚を見て僕は小さく息を吐いた。
——だが、ここであることに気づく。迫ってくる脚の付け根部分から火花が散っているのだ。
僕は思わずそれを凝視する。
するとなんとそのまま、脚が本体から分離してしまったではないか。外れてしまった脚はそのままガタッと地面に倒れる。
……マジか、九死に一生を得たかもしれない。
だが何故急に脚が壊れたんだろうか。こいつらの頑丈さは既に分かってるつもりだ。敵を攻撃しようと脚を振り上げた結果脚が外れる? そんなことってあるか……?
いや、既にそこにダメージを喰らってたって考えれば説得力があるな。
……ん? ダメージ?
そこで僕はふと、敵機に撃たれてこいつに墜落した時のことを思い出す。
もしかしてさっきの衝突が原因だろうか。
だがあれだけ爆弾降らせても大破しないほど頑丈なこいつが、何故今回はこんなあっさり……。
——そうかそういうことか! だとしたら、だとしたら…………!
僕の頭の中で一つの作戦が生まれた。あとはカグヤが何とか復活すれば……。
『…………機体制御完了。動かせますよ、良かったですね』
「よし!」
その声と同時に僕は思い切り操縦桿を倒して機体を発進させた。
それに反応した巨大蜘蛛はすぐさま別の脚をしならせながら僕を打ち落とそうとしてくる。
しかし、脚が目前に迫ったところで僕はあえて人差し指に力を入れた。
ドドドドドドッ!
機体から機関銃が放たれる。人差し指は連射の効く機関銃のスイッチだ。僕は目の前に迫っていた脚を、ただひたすらに撃ちまくる。
そしてついに、その脚が機関銃の勢いに押されて弾かれた。
すると自然と目の前に、脚の付け根の関節部分が無防備に晒される。
——そう、この瞬間を待っていたんだ。
「そこだっ!」
僕はそう叫ぶと、親指にこれでもかと力を込め、そこに向かって思い切りブラスター銃をぶち込んだ。
すると、先ほどと同じく付け根部分から火花が散り、脚が本体より分離する。
「よぉし!」
先ほどと合わせて二本もの脚を失ったこの巨大蜘蛛は、一瞬バランスを崩した。
その隙を見逃す筈はない。
そのまま左に回り込んで隣の三本の脚の付け根を次々に破壊すると、操縦桿を引いて一気にここから離脱。
そのまま振り返ると、残った三本の脚では重心を支えられず、そのまま地面に突っ伏してしまっている蜘蛛の様子が見えた。
機体全体には稲妻が走っている。
そしてそれを見ていた味方からは、大歓声が沸き起こった。
——作戦、大成功だ。
「しゃぁぁああ! 敵を倒すってのはこんなに気持ち良いもんなんだな!」
思わずガッツポーズをしながらそう叫ぶとと、カグヤがそれに対してこう返してくる。
『……マグレみたいなもんですけどね』
「うるさいな」
その後僕は上空へ一度退避し、通信機のスイッチを入れると、すぐさま我らが隊長に自分の発見を報告した。
「こちらルイだ! アレックス、あの蜘蛛の攻略法が分かったぞ!」
◇ ◇ ◇
『兄貴、通信ですぜ』
新手の攻撃を難なく躱し、いざルイの援護に向かおうとした時である。アレックスの機体に、通信が入った。相手はまさにそのルイであった。
「ルイ、今大丈夫か!? 無事か!? 敵はどうなった!?」
当然心配になってまずそれを確認する。だが、ルイの要件は思ってもみないことであった。
『アレックス、あの蜘蛛の攻略法が分かったぞ! あいつの弱点は……関節部分だ!』
「何!? …………関節部分?」
『ああ! 足の付け根の部分なんかを集中狙いすれば、戦闘機のブラスターでも十分破壊できる! そして重心を支えられないように脚を破壊していけば、奴らを少ない攻撃でほぼ無力化できる!』
「——なるほどな。…………よし、そうと決まればすぐにでも作戦に移すぞ! ブケパロス、全機に通信を繋げてくれ」
『もう既にやってますぜ兄貴』
「でかした! …………全機に告ぐ! 今から——」
戦いが次なる展開を迎えようとしている。俺はその戦局の変化を感じ取り、今こそ勝負をかける時だと決断した。
——だがそれと同時に、俺はもう一つ、それとは別の作戦も思いついてしまった。
「……ブケパロス、この城の城主と連絡は取れるか?」
『ああ、多分でき——いや、すまねえ兄貴。そいつは無理みたいだ。一応ソフィに連絡してみるか?』
「ああ、それでも問題ない。ではソフィさんにつないでくれ」
こうして俺は彼女にある伝言を頼むのであった。
◇ ◇ ◇
「ひゃっほぉおおおう!」
『おいルイ、あんまりフォーメーションを崩すなよ!』
アレックスと一緒に機体を城壁とそれに張り付く蜘蛛の合間を縫うように進ませていく。その後ろからも僕ら二人を援護するように飛ぶ機体が一つ。
『ちょっと待って、ルイくん出過ぎ! 本当に待って!』
そう、リサである。
今僕ら三人は、前列上に僕、下にアレックス、後ろにリサという縦に逆三角形を作る配置を保ちながら、左側を城壁にあずけて城壁すれすれを飛行中である。そして壁に張り付いてる巨大蜘蛛どものうち、最前列にいる奴らを片っ端から撃ち落としていくという作戦を実行していた。
例えば、
『次の獲物だ! 脚がくるぞ、避けろぉ!』
こんなアレックスの号令とともに敵の脚の攻撃を回避しては、
『ルイくんの方から行くよ! はあっ!』
後ろからのリサの援護射撃でそれを弾き飛ばし、僕ら二人はその隙に敵兵器の懐に入る。そうして後は二人で中で暴れ回りブラスターで脚の付け根を破壊。
そうすれば蜘蛛は自重を支えられなくなって転落する——。
という、こんな作戦を繰り返していた。
——と、ここでかなり肝を冷やす出来事が起きた。
作戦通り城壁の蜘蛛を攻撃中。手前側の足をリサが弾き、相手の懐に飛び込もうと操縦桿を握りしめた瞬間、蜘蛛の体を挟んで反対側からも敵戦闘機が突っ込んできたのである。
「——っ!?」
予想外の敵の攻撃に焦る。リサの言う通り前に出過ぎた。蜘蛛の腹の下での戦闘になるかもしれない。相手は僅か一機だがこちらは奇襲をかけられた形であるため、対処が遅れれば命取りになる。
だがリサは即座に反応していた。
『二人とも避けて!』
その声と同時に機体を傾けると、後ろから青白い光がやってきた。ブラスターだ。
光は僕の機体の腹をかすめ、突入してきた戦闘機に直撃した。戦闘機はその直後大爆発を起こすが、それと同時に僕ら三人は蜘蛛の腹の下から脱出すると、蜘蛛はその衝撃から地面に落ちていく。
助かったあ……。
——とまあ、こんな風にたまに調子に乗りすぎて予期せぬ攻撃に肉薄することもあるが、基本リサの完璧なフォローが入るため僕は安心して前に進めるのだ。飛行技術に少々不安がある僕にとってはこの上ない安心感である。
『もー! ルイくん気をつけてって言ったでしょ!? いつもフォローするの私なんだからね!』
「サンキューリサ! これからも頼りにしてるぜ!」
『もぉーっ! 何でよー!』
リサはご立腹の様子だ。カグヤも『一番下手なの貴方なんですから、あんまりはしゃいでお二人に迷惑かけないでくださいよ』と小声で文句を言っている。
だが二人との連携はついつい安心して、はしゃいじゃうのだ。空中が怖いという感情すら忘れてしまうほどに。だからちょっとくらい許してほしい。今が僕、一番飛ぶのが上手い瞬間なんだ……!
——それはそうと気になることがある。アレックスが今の敵襲から一言も発しないのだ。
『………………』
「……アレックス、さっきから黙り込んでどうした?」
何か今の敵の攻撃に気になるところでもあるのだろうか。
だが彼は、
『…………いや、何でもない』
と口にするだけで何も言ってはくれなかった。
ちなみにだが、実は他の学生パイロットたちにもこの作戦をやってもらっており、城壁のおよそ半分まで登ってきていた敵兵器は既に三分の一ぐらいまで押し返している。
その上既に僕たちだけで二十を越える敵兵器を戦闘不能にしている。他の学生たちもどんどん敵を葬っているはずだ。
最初の時点で大体三百程度の数がこの戦場に投入されてきたと考えると、この戦果が戦い全体の流れに影響を及ぼすほどのものであることは間違いない。
それを見て味方の士気も、うなぎ上りに上がっていく。今が最高潮、と思ってもさらに上がる——。
もはや誰の目にも明らかだった————ここが勝負どころだと。
——もうアレックスは、この作戦で勝負を決めようとしている。
◇ ◇ ◇
この様子を、外から隠れて見ている男がいた。
その男は、空を舞う純白の機体を見つめながら口を開く。
リサは———君の命を——ルイ———。