第六話 突撃
およそ百もの学生パイロットたちと共に、僕らは援軍として戦場に飛び立った。
眼下に見えるのは三百近い敵の兵器の数々。それは地を這いながら進む蜘蛛の群れだ。
奴らはティオフィルスの城壁に既に肉薄している。そこから奴らは城内に侵入すべく城壁をよじ登っているようだ。城壁に設置されている砲台を破壊しながら。また、それを援護しようと壁の下からレーザーの大砲のようなものを撃っているやつも見えた。
既に最前線は城壁の半分に達しようとしていた。味方の軍は何とかこれを迎撃しようと、城壁の上から砲撃したり戦闘機を出動させたりしているようだ。
『あれが噂の敵兵器ですね。どうやらほぼ全方位に対して攻撃が可能なようです』
カグヤの分析には僕も納得する。たくさんの戦闘機があの兵器に群がっては、撃墜されていった。脚で打ち落とされている者もいる。
相手は上空の敵に対しても攻撃が可能なのだろうか。もしそうなら、敵の視界から離れている最初の一撃が最も重要だということになる。
『城壁に張り付いている奴らから先に剥がしにいくぞ! 学生部隊全機、突撃開始!』
アレックスの号令と共に百の戦闘機が一斉に突撃を開始した。
僕も操縦桿を目一杯前に倒す。すぐに機体は急降下を始める。身体が座席に押し付けられ、心臓が締め付けられるような感覚に陥った。
「ぐぅぅっ……!」
思わず声を漏らす。
地面がみるみる近くなっていく。
そしてあわや衝突か、というところでグッと操縦桿を引いて方向を転換し、今度は城壁に向かって突っ込んでいった。身体はさらに強烈な力を受ける。コックピットから見える景色は目まぐるしく変わっていく。
僕は一瞬目を細めたが、自分に鞭打つようにカグヤに呼びかけた。
「よし行くぞカグヤ! 奴らを破壊する!」
『これくらいのことで何恐怖心を感じているんですかね』
「うるせえよっ!」
そうこう言いながらもいよいよ奴らを射程圏内に捉えた時、アレックスから通信が入った。
『全隊に継ぐ! 小隊一つで敵兵器一つを狙え! 最初の攻撃の後は敵に気付かれるぞ! そこからは気をつけて戦え! いいな! ……全機、攻撃開始!』
全くあいつは、僕と同じ初陣のはずなのにな。完全に将が板についてやがる。
僕はスコープを覗き円の中心に目標を定めると、号令と同時に親指に力を入れた。
バキューン!
盛大にブラスター銃を撃ち込む。
しかしそれは敵の分厚い装甲に跳ね返されてしまい、案の定そこで敵の反撃を受ける。
「あっぶねぇ!」
敵に衝突寸前まで近づいてしまった僕は、すぐさま操縦桿を思い切り引いてこの場を離脱する。そして上空で再び合流すると、そこでアレックスに提案した。
「アレックス、爆撃に切り替えよう! できるか?」
それに返答したのはカグヤだ。
『そうですね。確かにブラスターでは効かなそうです。ですが爆弾は数が限られますよ? 全ての爆弾を使い切ったとして、敵兵器も倒せて十数機が限界でしょう』
それはそうかもしれないが……。
「だがこのままやってても意味はない。だったら一度やってみよう。それにおそらく敵もこの援軍に対して手を打ってくる。その前にいくらか敵の数を減らしたい」
『…………兄貴、俺もあいつの意見には賛成だ』
僕の意見に対しアレックスの相棒、ブーケが乗っかる。それを聞いてアレックスはすぐに判断した。
『——よし、爆撃に切り替えろ! 第二突撃に入る!』
「了解!」
その声と同時に僕は操縦桿を前に倒す。
——再び急降下。身体が座席に押し付けられるが、これに耐えながら突き進む。何度やっても恐怖心は拭えないな。
そして城壁の高さまで来ると、一気に方向転換し、そのまま城壁の方へと突っ込む。
「射程圏内に入ったぞ!」
『よし、城壁に張り付いてるやつを狙え! …………攻撃開始!』
僕はよく狙いを定めると、今度は爆弾投下のスイッチを押す。そして一度に十以上もの爆弾が投下されたのを確認すると、操縦桿をグッと引いて上昇した。
その直後真下で大きな爆発が起きたのが見えた。少し爆風に煽られたが何とか立て直しを図る。
敵を見ると、効果はいまひとつ、と言ったところか。多くは大破とまではいかなかったようだ。命中場所が悪かったか、あるいは爆弾でも抜けないほど装甲が硬いか。
だが、城壁の下を見ると意外にもこの攻撃の効果が窺えた。爆弾が命中して城壁から落とされたと思われる奴らがいる。
中には脚に命中したのか動けなくなっている者もいるし、ひっくり返ってジタバタしてる奴もいる。
そして何より。
それを見て味方の軍は士気を上げ、前線を押し戻しつつあった。これは僕らがヘタイロイの機体に乗っているから、というのもあるだろう。ヘタイロイという存在の大きさを、僕は改めて実感する。
さて、初動としては充分な戦果といえそうだ。この調子で敵兵器を破壊していきたいところだが。
◇ ◇ ◇
彼らの戦いぶりを見ていたのは、味方だけではない。その男は戦場のとある場所にて、新兵器を破壊されていく様子をすぐに本部に伝えた。
「ゴルディオ将軍、敵の援軍が到着したようです。その数およそ百、白い機体を三機確認」
それに答えるのは、遥か遠くから戦場を見つめる大男。
『よし、こちらも戦闘機を出すぞ。白い奴らを徹底的に狙わせろ。あいつらに出られると流石に厄介だ』
ヘタイロイ部隊というのは、地球の軍隊からしても脅威だったのである。だがそれでも、男は自信たっぷりな様子だ。まるで、自分たちが負けるはずがないだろう、とでも言いたげに。
「既にアラクネも何機か破壊されておりますが、そちらの方にも戦闘機の援軍は送りますか?」
『そんなものは敵の戦闘機が片付いてからでよい。そもそもアラクネはいくらでも変えが効く。たかが数機破壊されようが何ともないわ。奴らはここが破壊されぬ限り、絶対に止まらない。ただ無限に、投入され続ける。そしてこちらの戦闘機が奴らの機体を蹴散らしたあと空から攻撃を仕掛け……それで終わりよ』
地球軍はこの戦いに絶対の自信を持っていた。それもそのはずだ。なにせ本部を破壊されない限りこの戦いに負けることは無いのだから。
◇ ◇ ◇
三度目の突撃に入った時である。
『三時上方より敵影あり。数はおよそ百。おそらく既に射程圏内に入られています』
「……っ!」
やはり手を打たれていたようだ。右の方から深い緑色をした戦闘機がやってくる。
シールドの外側から戦闘機が突入してくるのは不可能だ。つまり、おそらく既にシールド内に運ばれていたものなのだろう。敵援軍を全員出動させた後にそれらを殲滅するために。
正直言うと敵戦闘機に捕まっている状況で爆撃を行うのはかなり厳しい。爆撃というのは慣性の法則と重力のみで狙いを定めるため、それを行う前にはあまり派手な動きは出来ないからだ。
このままでは狙いを定めている間に、敵にすぐに撃ち落とされてしまうだろう。
それにしても、敵はシールドに引っ掛からぬように運んでくるため戦闘機はあまり数多く運んでこれないと読んでいたはずだ。にも関わらずやってきたのは僕らとほぼ同数の百機。それだけあればこちらを壊滅させるには十分だが、それほどの数を僕らに気付かれずにいったいどうやって——。
そんなことを考えてしまった僕とは対照的に、アレックスの判断は早かった。
『全機散開せよ! 攻撃を中止する!』
皆一斉に散開。僕も機体を左に旋回させる。
しかしその途中、僕は運悪く敵機に後ろにつかれてしまった。
ここで必要とされるのは、敵に狙いを定めさせないための派手な動きだ。飛行訓練で何度やっても出来なかった、僕の最も苦手とする動きである。
……うん、無理。
僕は二人に助けを求めた。
「アレックス、リサ! 敵に捕まった! 援護を求む!」
しかし。
『駄目だ、俺も捕まった!』
『……っ、私も!』
「は!? もしかして、ヘタイロイ三人が一斉に狙われたのか!?」
『間違いないよ! 私たちのところにっ!……っ敵機が、集中して……っ!』
二人とも手が離せないようだ。特に通信で聴こえてきたリサの声は、非常に切羽詰まっているように聴こえる。
しかしそう言いながらも、リサは相手を完璧に翻弄していた。
まず、彼女は突如反転したかと思うと、一度空中で飛行を止める。
すると、重心のある機体後方部が先に重力に従って下がっていき、機体は自然と上を向いた。
さらに突然の動きに反応できなかった敵戦闘機が、リサの機体の真上に、まるで吸い込まれるように入っていく——。
——そう、リサの射程範囲に。
「マジかよ…………!」
思わず感嘆の声を漏らしてしまった。
『はあっ!』
そしてリサは落下しながらブラスターを撃ち込み敵を撃破。それはもう芸術的なくらい完璧に敵を倒してしまった。
その姿はもはや、王国中が憧れる英雄ヘタイロイそのものであった……。
…………。
『敵、来ますよ』
…………見惚れている場合じゃない!
僕は今度は機体を右に旋回させる。だが。
「クッソ、しつこい!」
なかなか敵を引き剥がせない。
それを見たリサが何とか僕の援護に入ろうとしている。
『ルイくん! 今、助けに——』
しかし遅かった。
僕はリサの助けが入る前に、左翼に攻撃をくらってしまったのだ。機体は回転しながら落下していく。
「ぐわぁぁぁぁぁあああ!」
『機体制御ができません。このまま初陣で撃墜されてしまうかもですね。あ〜あ、残念』
「お前ちょっと黙っとけぇぇぇぇ!」
畜生、止まれ、止まれ!
ガチャガチャとそこら中のスイッチをいじるも、機体の回転は止まらず、制御はできないままだ。
三半規管は悲鳴を上げ、どんどん目の前に迫ってくる地面を見て心臓も悲鳴を上げた。
そして僕は、もうダメだとばかりに目を瞑ってしまった。
——その後機体は地上にいる敵兵器、巨大蜘蛛の脚の付け根に衝突し、なんとか止まった。
そしてそのまま地面にゴトッと落ちる。こいつのおかげで助かった。
だが、僕の存在に気づいたのか、先ほど衝突した蜘蛛はその脚を鎌のように構えてこちらに向けてきた。
ここは敵のど真ん中。ここから脱出するのは、どんな名パイロットでも至難の業だろう。
さらに追い討ちをかけるようにカグヤが残念すぎる報告をしてくる。
『…………朗報ですよ。機体がオーバーヒートを起こしました』
「ここでぇぇぇ!?」
ああ、これ死んだかも。
目の前に迫るその脚を見て僕は小さく息を吐いた。