第四話 初陣
ヘタイロイ部隊。
それはある一定以上の実力を示した者のみが入隊する、王国の精鋭飛行部隊である。小隊長一人に隊員二人、メカニックが専属で一人という四人編成の小隊が十五ある。
一般のパイロットの目立ちにくい黒、グレーに対し、ヘタイロイ隊員の専用機体は美しい白。また、同じく白い色をした軍服の胸には、王国の紋章と共にヘタイロイのエンブレムが施されていた。
ヘタイロイという部隊の存在は非常に大きく、かつて大軍で地球軍が攻めてきた際はこのヘタイロイ部隊が大いに活躍した。
まさに百戦百勝の最強の戦士たち。
その純白に輝く戦闘機をみれば敵はおののき、味方の兵は大いに士気を上げた。
時には重要拠点の守備に一小隊が投入され、数に勝る敵軍に怯まず味方を率いて戦い、これを跳ね返した。
またある時にはヘタイロイ全隊をもって敵の戦艦に猛攻を仕掛け、これを撃墜した。
その勇姿と名声は、味方だけでなく地球軍の間にも響き渡った。
我らパイロットにとっては、ヘタイロイは空を駆ける大英雄であり、また憧れでもあったのである。
——さて、誠に信じがたいことだが、僕は今、そのヘタイロイ隊員の白軍服の袖に腕を通していた。
「うぉぉぉ……! 本当に着てるよ……! これ夢じゃないよな……」
『いいからさっさと準備してください。皆さん待ってますよ』
僕ら三人は軍の招集を受け、ティオフィルス門までやって来た。憧れの軍服に身を包んでいることに感動を覚える。しかし同時に、いよいよ戦場に出る、と言う緊張感も増してきていた。少しずつ心臓の鼓動が早くなっているのが分かる。
いつまでもグダグダしている主人を見兼ねたのか、カグヤが僕に話しかけてきた。
『ヘタイロイ部隊の戦いは味方の士気にも大きく影響します。王国最強の精鋭部隊に配属されたと言うことはそれ相応の責任も伴います。いいですか。ヘタイロイは絶対に負けてはいけないのですよ。変なことばっか考えてないでさっさと覚悟決めてください』
「そんなことは分かってるよ。それにしてもどうして僕なんかが精鋭部隊に選ばれたんだろうな……」
だいたいこんな形で入隊できるんならそれはもはや精鋭部隊じゃなくないか?ヘタイロイに入隊する者の多くは一般兵時代から既に名を挙げていたりするのだが。
『知りませんよそんなことは……。出陣前は目の前の戦いに集中してください。本当、精鋭に選ばれた以上はきちんと責任感持ってくださいね』
「ああ。……よし、準備できたぞ!」
『ええ。行きますか』
カグヤは僕の前を先導していった。
さあいよいよ。
僕の初陣だ。
◇ ◇ ◇
「よく来たわね、アレックス、ルイ、リサ。私はソフィア。貴方達の機体のメンテを主に担当するわ。後方から三人に指示を出すこともあるし、時には貴方達と一緒に戦場に出ることもあるわ。そしてこの子が私の愛機、アルテミシアよ。よろしく頼むわね」
『私のことはミーシャと呼んで欲しいわね』
出迎えてくれたのは、金色に輝く長い髪を靡かせた綺麗な女の人と、その相棒であった。その凛々しいようでどこか妖艶な雰囲気と、スラッとした足、軍服を押し上げる大きな胸と全てが相まって、何というか、非常に色っぽい。
思わず目線が吸い寄せられてしまう。
「あら、これが気になるのかしら? 出陣前だというのに悪い子ねぇ。でももし初陣であなたが頑張ったなら、ご褒美に触らせてあげてもいいわよ?」
えっ…………!
「ルイくん!」
リサの注意で気がついた。出陣前だ、集中……! ダメだ、目がそちらに引き寄せられてしまう……!
一方ソフィアさんはそんな視線などお構いなしに話を続けた。
「知っての通り、今地球軍の新兵器がこのティオフィルス門を包囲攻撃しているわ。でもこれが恐ろしく強い。よって私たちはこれを解放しに行かなければならない」
僕らはそれに頷く。
「三人の学園での成績、及び評判は私も含めて軍全体が知っているわ。それを踏まえてなのだけれど、学生兵は皆今回の解放軍として一斉に戦場に投入されるわ。つまり、それらの先頭に立って戦うのは貴方達ということ。まずは敵兵器を駆りまくって、学生達の精神的支柱になりなさい。任務はまずそれからよ。それと……三人とも、連携は問題ないわね?」
「ええ、勿論です」
アレックスが答えた。それを見たソフィアさんはニヤリと笑う。
「いいでしょう、ではいよいよ出陣よ。ついてきて!」
そして僕らは、純白の機体が並ぶ格納庫に連れてこられた。
教科書でしか見たことのない機体。王国中のパイロットが憧れる機体。それが今、目の前にある。
その流れるようなフォルムは非常に美しい。思ったよりもコンパクトな機体だ。
僕らはすぐにコックピットに乗り込んだ。
正面に操縦桿があり、人差し指に機関銃、親指のところにブラスター銃 (光の弾丸を放つ単発銃) を撃つスイッチがある。左肩の方を見るとスコープが収納されており、こちらは左手側にあるスイッチを押すと前に出てくる仕組みのようだ。また、コックピットは訓練機よりも若干狭く、それに全体的に暗い印象を受ける。
だが大丈夫。訓練通りの配置だ。それにこれからはカグヤのサポートもある。
いつも通りやれば何も問題ない。
ヘルメットを被りゴーグルをつけると、僕は頬を両手で叩いて気合を入れ直した。
一方カグヤはすぐに機体と同期を始めた。
この出撃は僕にとっての初陣と言うだけでなく、相棒カグヤとの初の共闘でもある。
『……同期完了。以降この機体 No.314 は識別名 KAGUYA と認識されます』
同期が終わったようだ。僕は自分の相棒に今一度声をかけた。
「よろしくな、カグヤ」
『ええ、初陣でいきなり撃ち落とされないでくださいね。ヘタイロイは絶対に負けてはいけないのですから』
カグヤはそう言うと大きくエンジン音を立てた。
『全機、準備はいいかしら?』
ソフィアさんの声に全員頷く。
『では、行きましょう。この小隊は学生パイロット達の精神的支柱になりなさいと言ったわね?』
「ええ」
『つまりこれから投入される全学生パイロットたちの将は実質的にはこの小隊の隊長であるアレックスよ。よって学生達の出撃の号令をかけるのもあなた。……それを理解したら、マイクに向かって号令をかけなさい!』
初陣でいきなり将になれなど、普通の男にはとても出来ることじゃないだろう。しかしさすがは人一倍のリーダーシップを発揮してクラスを率いてきた男である。アレックスはそんなプレッシャーを受け止めている様子だ。
彼は一呼吸置いた後、力のこもった声で、
『全機、出撃!』
そう合図した。