第三話 招集
ティオフィルス門とは、王国北西部にて王都を守る国門のことである。ネクタール王国はかつて人間による地球侵略から生き延びた少数の天使たちが、神酒の海全体に築いた国家であるが、そんな小さな国が今まで強大な地球軍の猛攻を凌いでこれたのは、ピレネーの要塞と並び、この国門のおかげと言っていい。
その歴史は今から百年前まで遡る。
当時、軍内部で世紀の大発明が起こった。
それは、強烈な衝撃が加わるとそれを吸収してしまう光の膜。「エネルギーシールド」である。
初めは兵士たちの盾に纏わせるものとして作られたものだったが、このシールドの発明は、王国の防衛戦略に大きな影響を与えることとなった。
まず軍はさらなる研究の結果、この膜で王国を、まるで一つのドームのように覆うことに成功する。すると、敵軍は戦闘機を空中からドーム内に侵入させることができなくなった。つまり、このシールドのおかげで敵は空から爆撃機を送ることが適わず、地上戦で攻めてくるしかなくなったのである。これによって王国軍はある程度地上戦に集中できるようになった。現在このシールド発生装置は、王都の東に連なる鉄壁の大要塞、ピレネー山脈大要塞に設置されている。
さらに言えば、それまでの百年で、王国の守備はほぼ完成していた。
王都のすぐ東にはピレネー山脈大要塞が連なっているため鉄壁。また、南・西・北から攻めてきた敵に対しても、高い城壁とそれぞれの防衛網が張り巡らされており、非常に堅い。
よって敵は、その防衛網の境目となる北西方向から攻め上がる他ない。それ故に軍としてはいかにこの北西部を固めるかが鍵となっていた。
そこで当時の軍総司令が目をつけたのが、神酒の海の北西に位置する巨大なクレーター、「ティオフィルス」であった。軍はここに強固な城を築き、王国守備の要とした。さらにこの城を拠点として、王国内の防衛網を少し組み替えることで、王都を地上戦に格段に強くすることに成功した。実際、築城直後地球軍は大軍で攻めてきたが、この城はびくともしなかったどころか、むしろ敵軍を完膚なきまでに返り討ちにしている。(これが我が国の教科書にも載っているティオフィルス開戦である)
以来、このティオフィルス門は約百年、一度も攻められたことはなく、王国はその間に大いに発展することができたのだ。
——その国門に何かあったのだろうか。朝の出来事とも関係するようだが、まさか……。
「もしかして朝何が起きたのか知ってるのか? リサ」
「うん、実はさっき先生に呼び出されてね。大事な話だから今はまだ内密に、ってことだったんだけど……」
そういえばさっき先生に呼ばれてたな。
たしかに下手に話が広がったらパニックとか起きかねないか。
「分かった。誰にも言わない」
アレックスはさっきから無言で僕とリサを見つめている。それに球体どももやけに静かだ。
「ありがとう。実はね、……朝現れた巨大な影なんだけど…………」
そこでリサは小さく息を吐くとこう言った。
「地球軍が王国に宣戦布告したんだって」
「……はぁ!?」
思わず声を上げてしまった。
「……ついに来たな」
それに呼応するように、アレックスが口を開く。
リサはさらに説明する。
「今、ティオフィルス門は地球軍の開発した新兵器に攻撃されているそうよ。それも驚くほどに強い。現場の兵力だけじゃ時間を稼ぐのに精一杯」
アレックスはそれを聞いて分析した。
「……地球軍が本腰を入れて月に攻めてきたのは百年前が最後だ。それ以来二つの星の間では前線での小競り合い程度の戦しか起きていない。大軍を起こして前線を突破してきたということは……おそらく奴らは、本気で落としに来るぞ」
「お、落とすっていったいどこを……」
「それはもちろん———王都ネクタリスだろう」
「……っ!」
「なんせ今回は百年もの間準備してくるんだ。落とす自信があるんだろうな」
ま、マジかよ……。あの鉄壁の王都を一気に落としにくるなんて、正直言って正気を疑うほどだ。
だが一方で、僕らは朝のあれを見てしまっている。間違いなく奴らは来ている。
それに百年もの間力を蓄えてきたというのだ。今の地球軍がどれほどの軍事力を持っているのか、その全貌は全く分からない。
「これから俺たちは亡国の憂き目に遭うのかもしれない」
確かに……。
それはリサも同意見のようだ。リサはさらに顔を引き締め、僕ら二人の目を見ると、
「うん……だから」
そう言って肩にいるアナに目配せする。アナはそれに頷くと、続けて空中に立体映像を投影し始めた。同時に録音された音声も流れ始める。
その映されたものを見て、僕は思わず目を疑った。
立体映像で映されているのは、口髭を生やした大男……。
『———親愛なる我が国の子よ。我が名はネクタール王国第五代国王、フィリップスである』
「だ、大王様!?」
そう、まさにこの国の王、フィリップス大王様である。当然僕は大いに焦った。
だがリサとアレックスは動揺していない。ただ黙々と映像を見ていた。その間も映像はどんどん進み、さらに驚くべきことを聞かされる。
『おめでとう、アレックス殿、ルイ殿、リサ殿。貴殿ら三人は、選ばれた。私は貴殿らの学園での評判を聞いている。そこでこの王国の緊急事態を受けて、私は貴殿ら三人を、精鋭部隊“ヘタイロイ”第十六小隊の構成員に、任命することにした』
「マジかよ……」
もう、自分の耳が信じられなかった。
アレックスとリサは分かる。だが、何故僕まで!? 僕は飛行訓練の成績なんか下から数えたほうが早いくらいだぞ!
「……」
アレックスの額からは汗が垂れているのが分かった。
『今我が国はかつてない亡国の危機に瀕している。既に前線の基地に張っていた兵は退却し、それぞれ配置についているだろう。だが、それでも数は足りぬと予想する。よって、学園の卒業生及び学生も皆、戦場に投入する。おそらく大半の者たちは、これが初陣となるであろう。だが、学園で揉まれながらも懸命に育った学生たちならば、きっとこの苦しい状況でも戦い抜いてくれると信じている。そして、その学生たちの先頭に立ち皆を奮わせるのは、貴殿ら三人の役割だ。……必要あらば私も武器を取り、戦場に立つ。我が国の総力をもって、共にこの危機を乗り越えるぞ。全ては天使の未来のために。力を貸せ。アレックス、ルイ、リサ———』
そこで映像は切れていた。
何というか、思考が追いついていない。
アレックスはどうやら、覚悟を決めたようだった。そんな目をしている。
これまで黙っていたカグヤが電子音声で話し始めた。
『ヘタイロイ十六小隊はこの三人だけではありません。ソフィアという先輩隊員が、教育係兼専属メカニックにつくはずです。ちなみに隊長はアレックス様になります』
「……ああ、だろうな」
アレックスが返答する。
いきなり隊長にさせられたが、彼は何故動揺しないのだろうか。
というか、それ以前に。
「カグヤは知ってたのか。このヘタイロイ入隊の話」
『当然です。我々はヘタイロイ隊員の相棒となる為に作られたのですから。私のようにボディカラーが白になってる奴らは皆そうですよ』
そうだったのか。言われてみれば僕ら三人以外周りの連中が持っているのは黒だ。
しかしこれほどの大戦で、それもヘタイロイ部隊で初陣とは……。
少し頭の中を整理するのに時間がかかってしまうのだった。
その僅か二日後、僕ら三人には軍からの招集がかかったのであった。
◇ ◇ ◇
一方こちらはティオフィルス門。場所は兵士達の休憩所である。
『ソフィ、あなたが受け持つ十六小隊のメンバーの情報が届いたわよ』
一体の球体ロボが一枚の紙を主人に見せながらそう言った。白基調のそのボディには、紫色の線が入っている。
「あらミーシャ、ありがとう。……ふーん。アレックス……ルイ……リサ……。なるほど、これが今回選ばれた三人ねぇ。一人だけずいぶん覇気のない目をしているようだけど、大丈夫なの?」
ソフィと呼ばれた女は、紅茶を飲みながらその紙に目を通していく。
『三人とも才能は申し分ない、ってことだから大丈夫でしょ。あんまりいじめるんじゃないわよ、あなたそれでいつも後輩に嫌われてるんだから』
「どうかしら。でもこのルイ君なんか、弄りがいあって可愛い感じの顔よ。私分かるわ」
『はぁ……。程々になさい』
相棒の呆れるような声に対し、彼女はただニヤリと笑うだけだった。
しかしその紙をじっと見ているうちに、あることに気づく。
「……この三人、物の見事に皆訳ありねぇ……。とんでもないもの押しつけられちゃったかも」
彼女はそう言うと、紅茶をもう一口含んだ。