第二話 親友
それから数刻たち。
あの影は既に無くなっていた。王国で被害は何も無いらしいが、あの時一体何が起きたのかは全くわからない。教師たちにも知らされていないようだ。
あの後リサは、涙を浮かべながら「ごめんね、ルイくん……」と言い残すと、先に学園に行ってしまった。一人で不安じゃないかと心配していたが、その後すぐに笑顔で友達と話している姿を見ることができたので、一安心だ。今は担任の先生に呼ばれてどこかへ行っている。
ちなみに当然といえば当然だが、卒業式は中止となった。今は避難用地下シェルターに全員集まっている。代わりに担任の先生からは二つのものを渡された。僕の手にあるのは卒業証書ともう一つ。
「機体サポートAI、KAGUYA か……。おーい、かぐやー」
そう、自分の専用機のAIである。
それは拳二つ分ぐらいの大きさの白い球体で、ボディを一周するようにブルーのラインが入っていた。そして、真ん中にはまるで眼のような雰囲気のカメラが付いていて、周囲を確認するようにキョロキョロと動いている。なんとも愛嬌のある仕草である。
皆これに夢中になっていた。さっきまでの張り詰めた空気は無くなり、友達同士で嬉しそうに自慢しあっている様子すら見える。僕もこのなんとも可愛い存在を見て、肩の力が抜けてしまった。
地下シェルターに避難しているということで外にいるより安心感があるからかもしれないが。
ところでこいつ、話しかけると会話もできるというので、さっきからずっと色々話しかけてみているのだが、一向に反応を返してくれない。既にマスター登録は済んでいるとのことなのだが、いったいなぜ返事をしてくれないのだろうか。おーい、マスターですよー。
すると、僕から見て右の方から長身金髪の超絶イケメン野郎が超爽やかな笑顔で歩いてきた。その肩には、同じく白基調で、オレンジのラインが入った球体が浮いている。え、飛ぶのかこれ、凄い。
「お、ルイ、これがお前のパートナーか! かっこいいなぁ」
「おぉ、アレックス。そっちのはオレンジ色の線が入ってるんだな」
彼の名はアレックス。僕の親友だ。人一倍のリーダーシップを発揮し、クラスでは一番の人気者だった男だ。アレックスとリサ、そして僕の三人はよく一緒に遊んでいる。いわゆる仲良し三人組というやつだ。
ちなみに彼と二人でいると何故かかわいい女の子がわらわら寄ってきて、とても楽しい。その女の子たちは僕に見向きもしないが、僕は擬似ハーレムを体験しているような気分になれるので、とても楽しい。最終的にはその女の子たちにアレックスは連れていかれてしまうのだが、擬似ハーレムを存分に楽しめた僕は満足なので引き止めはしない。
アレックスなら何でカグヤが反応してくれないのか分かるかもな。ちょっと聞いてみるか。
「それでな、アレックス。僕のAI、カグヤっていうらしいんだが、さっきからキョロキョロしっぱなしでさ、僕の言葉に全然反応してくれないんだよ。どうやったら――」
――その時、突然カグヤの眼が光ったと思うと、僕の手から離れ、アレックスの方へ飛んでいってしまった。
……かと思えば、アレックスの肩に浮いてる奴を頭突きで突き飛ばし、自分がその肩に収まると、電子音声でこう言った。
『あなたが私のマスターですね! こんにちはマスター! これからよろしくお願いします! 』
「……」
「……」
『……』
……なんだこの状況。あいつ、僕のパートナーじゃないの? ほら、アレックスのパートナーだってなんかパニクってるぽいじゃないか。カメラがめっちゃキョドってるぞ。
「な、なあルイ。こいつ、お前の、だよな? 」
「ああ……。そのはずなんだが……」
これ、あれだろうか。ついに僕はAIさえも振り向いてくれない存在になったってことだろうか。そんなのは女の子たちだけで十分だぞ、おい。
すると、カグヤに突き飛ばされた球体が起き上がってきた。
『てんめェこの野郎、いきなり何してくれとんじゃ、ああ!? 』
なんだそのヤンキー口調……。
だがそれに対してカグヤも反論する。
『いえ、彼のパートナーはあなたごときでは務まらないかと。ですから、この私があなたに変わってこの方のパートナーをして差し上げようかと思ったまでです』
『ああ!? てめェのパートナーはそこの覇気のない男じゃねえのか! てめェは所詮その程度なんだから勝手に人の兄貴とるんじゃねえよ! 』
それ僕のことか。覇気がないなんて初めて言われたんだが。
そしてアレックス。お前こいつに兄貴呼ばわりさせてんのか。
「……させてないぞ」
心を読んだのだろうか。さすがだ親友、以心伝心じゃないか。
だがそんな主人の会話をよそに球体どもは口論を続けている。
『何を言っているのです。こんな覇気のない男、あなたにこそふさわしいです』
『何だと!? てめェ、もっかい言ってみろ! 』
『そんなわけで我がマスターとなるお方。お名前を頂戴してもよろしいでしょうか』
『聞けよ! 』
「え、ええっと…」
おいアレックス、哀れな目でこっちを見るのやめろ。泣きたくなる。
だが困難というものは続くものだ。
いい加減ムカついてきたのでカグヤを両手で捕まえてやろうと手を出した時、新たに会話に加わる球体が現れた。ついでにその飼い主も。
『すみませんがー、ご主人様がちょっと話があるそうでー……ってもー、二人ともくだらないことで主人を困らせるのはやめたらどうですかー? 』
「アナちゃん! 待って……ってルイくんにアレックス君」
こうしてこの場はさらなるカオスと化しただった。
……さて、僕の両手の中で『はぁ、すぐに暴力に走るとは器の小さい男ですね、全く』とか言ってる球体は無視して自己紹介タイムといこうか。
「えーっと、アレックスの使い魔のブケパロス、リサの使い魔のアナスタシアだな。」
『ああ、よろしく頼む。長いならブーケでいいぞ』
『私のことはアナでかまいませんよー』
ブケパロスってめちゃくちゃカッコいい名前だと思う。
ちなみに、リサの相棒であるアナスタシアもまた他二体と同じで白基調であり、ボディをピンク色のラインが一周している。その口調は抑揚がなく、また語尾がいちいち伸びきっている為気だるげな印象を受ける。何というか、不気味可愛いとでも言うべきか。
しかしながら口の悪いブケパロスと、なんか気だるげな口調のアナスタシア。どっちも特徴的というかそれなりに濃いキャラをしてるけれど、なんだかんだでいい奴のようだ。ブーケに関しては、あの後覇気がないって言ったこと謝られたし。(傷をさらに抉られたが、それについては何も言うまい)
また、それぞれ主人とは相性良さそうだ。もうすでに仲が良い主従関係二組を見て感心する。パートナーの相性なんかはちゃんと考えられているんだろうなぁ。……ん?
……チラリと手の中にいる丸い物体を見る。
こいつは未だに僕の手の中で『はぁ、我々を使い魔呼ばわりするとは自分の立場が分かってないのですね、全く』とかぶつぶつ言ってるが、僕はこいつと相性ぴったりだと判断されたのだろうか。甚だ疑問である。なんならブーケと交換を要請したいぐらいだ。
と、ここでリサが口を開いた。
「ところでその青い子がルイくんの使い魔の子なの? なかなかハードな関係だねぇ……あはは……」
「ああ、僕の手の中で暴れてるこの球体はカグヤって言うらしい。サッカーするにはいい重さだ。よろしく頼むな」
「球体って……」
なんかリサが苦笑いしてるが、この場はなんとか落ち着いたようだ。
ここまで異様に長かったが、ようやく本題に入れる。
「で、リサ、話があるって言ってたけど」
彼女は「あ、そうだった」とばかりに目を見開き、それから息を少し吐いた後、
「朝の話に関わるんだけど、二人は聞いてる? 部隊編成の話と……ティオフィルス門の話」
そう話を切り出した。