プロローグ
今、私の目の前には地球が見える。青い海がある。緑色の大地がある。我らが皆、大いなる憧れを抱いている自然というものがある。
今私が踏みしめるこの大地には、人工の海や川、樹々、そして空気はあれど、自然の中で生まれたものは無い。だから、自然というものに憧れてきたのだ。
――しかし。
あの地球は元来我らのものだ。あの美しい惑星は我ら天使のものであったはずだ。
それを今から二百年前、奴らに奪い去られたのだ。
だから、地球を追い出された我が先祖は、この岩だらけの小さな衛星に逃れるしかなかった。
この、何の表情も持たない、月という地へ。
そして、それから二百年の時を経た今。奴らの刃はついに、月の都の喉元にまで迫って来ていた。
ネクタール王国北西部にある巨大なクレーターを利用した最重要軍事拠点、「ティオフィルス門」
ここを抜かれては、いよいよ敵に王都へ続く足がかりを作られてしまうことになる。
故に、ここだけは絶対に落とされる訳にはいかない。
だが今、ティオフィルス門は地球軍が新たに開発した新兵器に包囲されようとしていた。
――見上げれば大空に覆い被さるようにして無機質な輝きを放つ、銀色の敵戦艦がある。そしてそのまま目線を下げれば、まるで蜘蛛のような形をした無数の兵器が地を這うように進んでくるのが見えた。
怒りと恐怖で震えている体に鞭を打つと、大きく息を吐く。
勝利のためにはまず、敵の兵器を研究し、この攻撃に対抗する策を立てなければならない。ならば今現場にいる私がするべきことは、少しでも時間を稼ぐこと。そして、あの敵兵器をなんとか捕まえてくることだ。
……覚悟を決めろ。この国を守る覚悟を。
私は背中の翼を大きく広げ、戦場に翔び立った。