大般若孝入場
「曰く『炎のカリスマ』、曰く『ノーロープ有刺鉄線電流爆破デスマッチの開祖』。あの大般若孝が、総合格闘技の祭典『プラウダ』のリングに上がるなど、いったい誰が想像したでしょうか。しかも前代未聞! うまそうに煙草をくゆらせながらの入場! ここさいたまスーパーアリーナは火気厳禁であります! ものすごいブーイングだ」
「大般若選手は真日本の東京ドーム大会でも同じことをやってますからね」
「舞台が何処であろうとも、貫き通すのは飽くまで邪道。これぞ大般若流。
ここで大般若孝、歩みを止めました。
睨んでいる! 大般若孝が解説席の鷹羽延久プロデューサーを睨んでいます! 不敵な笑みを浮かべる大般若孝!
そしてどうする。高々と両腕を突き上げたーッ! 突き上げられた両拳には似つかわしくないオープンフィンガーグローブ。おそらく初めて装着したのではないでしょうか。その両の中指は、雄々しく、且つ下品に屹立しております! イベントプロデューサー鷹羽延久さんに対してあるまじき暴挙! 鷹羽さんのこたえやいかに!」
「僕はパルコ選手に任せるだけですよ。パルコ選手が大般若選手にきっちりお灸を据えてくれますよ」
「あのパルコ・プロトコルとの対戦を前に、悲壮感は微塵も感じられません。その大般若孝の露払いを買って出たのは長崎浩二選手。共に入場してまいりました。日頃の興行では激しく抗争を展開する両者ですが、外敵と対峙するとなれば一致団結して当たるのが大般若興行の流儀か。長崎は常々『大般若孝の死に水は俺がとる』と公言して憚りません。長崎選手としては、後から出てきたパルコ・プロトコル風情に油揚げをさらわれてなるものかという気持でしょうかね鷹羽さん」
「ただ、今日の相手は簡単じゃないですよ。なんといってもあのパルコ選手ですからね」
「そうです。あのパルコ・プロトコルを相手にすると聞けば、大般若選手の入場テーマ『ワイルド・シング』の爽快な旋律も、まるで葬送曲のような雰囲気を醸すのですから人間の聴覚とは不思議なもの。会場のあらゆる方向に飛び交うスポットライトはさながら走馬燈か。リングに向かって歩く大般若孝を見詰める大般若ファンは、刑場に向かって従容と歩みを進める殉教者を見送るが如き視線。
当の大般若孝以外は、その生還を期してはいないでしょう」
「いや、大般若選手自身もまさか勝てるとは思っていないでしょう。僕も大般若選手に死んで欲しいとまでは思いませんからね。何とか生きてリングを降りて欲しい」
「大般若孝、長崎浩二に促されていまリングイン!」
「いまちょっと革ジャンの隙間から腹が見えましたけれどもダルダルでしたね。とても総合のリングに上がる身体とはいえないですね大般若選手。なめてたら酷い目に遭いますよ」