表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

3.ドラマみたいには死ねない

 大悟は腕時計と観覧車を見比べながら、時間測定を続けた。

 観覧車自体の高さは十数メートルほどであり、そこにはそれぞれの色が異なる9台のゴンドラが下がっている。観覧車の円を色相環しきそうかんに見立てた配色だ。

大悟は緑色のゴンドラが真下に来た時に時間測定をスタートした。そのゴンドラが時計回りに一周し、再び真下に来るまでの時間を計っている。そして現在、その緑色のゴンドラはちょうど真上にある。


 観覧車のスタッフは3人。2人は若い男女であったが、もう1人は老人男性である。乗車待ちの客は、親子連れか女子中学生もしくは女子高生ペアばかりだ。

 スタッフの老人は乗降場で、子どもが来るたびに、「いらっしゃい、よく来たね」と、くしゃくしゃの笑顔を子どもに向けていた。並んでいる親子連れの女の子がゴンドラの一つを指さして「ピンクがいい」と母親に言った。母親は「色は選べないのよ」と言うと、女の子は悲しそうに眉尻を下げた。それを見た老人は「じゃあ、ピンクが来るまで待ってくれる?」と女の子に言い、後に並んでいる女子中学生ペアを先に乗せた。


 大悟はその老人に見覚えがあった。自分が幼稚園児の頃、つまり30年以上前からいる老人であった。もちろん、その頃はまだ老人ではなくおじさんだが。おじさんは、観覧車に乗る子ども一人ひとりの頭をで、「いらっしゃい、よく来たね」と笑顔で迎えた。大悟も頭を撫でられた一人である。


 しかし、今の彼は子どもの頭を撫でることはしなかった。最近、よくニュースになっている女児の誘拐や殺害事件を心配する親御さんに配慮して、敢えてスキンシップを避けているのだろう。もしかすると、頭を撫でる行為に対して実際に遊園地にクレームが来たのかもしれない。世知辛い世の中である。


 事実、大悟も屋上遊園地に来てから、何度か怪しむ視線を感じていた。お世辞にも上品とは言えない服で、一人で観覧車を眺めているおじさんがいれば、女の子の品定めをしているのではないかと怪しんでも仕方がない。


 しかし、大悟は子どもには関心がない。特に嫌いというわけではないが、扱い方が分からない。当然、大悟には子どもがいないので、子どもと長く接した経験はない。しかし、結婚の経験はあった。


 23歳の時、2つ年上の同僚、鏡子きょうこと付き合い始めた。そして25歳の時、コンクールの最終選考に残った勢いで彼女と結婚した。勿論、結婚を両親に報告する事もなく、夫婦生活を続けていたが、その後の漫画の結果は振るわず、漫画に対する意欲と比例して、大悟に対する彼女の思いも減っていった。

 そして、大悟が30歳の時、離婚する事になった。二人の間に子どもはいなかったので、離婚は大きなトラブルもなく成立した。


 その3年後、鏡子が再婚した事をSNSで知った。スマホの画面には、優しそうな旦那さんと一緒に、幸せそうな鏡子が写っていた。


 緑色のゴンドラが真下に来た。一周の時間は3分26秒だ。短いか。

 時間が足りなければ、自殺は成功しない。大悟は眉をひそめた。


 最終的に決めた方法は、服毒自殺だ。

 しかし、インターネットで調べてもロクな情報は得られない。例えば「市販の風邪薬を50錠以上一気に飲む」、しかも「死ねる可能性は40%で、助かった場合には重い後遺症が残る」など、無駄情報ばかりで、自殺の難しさを思い知らされる。農薬の場合は確実に死ねるが、それでも死ぬまでに15分以上も想像を絶する苦しさに、もがき叫び続ける必要があるというのだ。ドラマやアニメの様に、毒を飲んですぐ死ぬようなことは実際の世界には無いらしい。


 しかし、インターネットの深い階層まで潜ると、求めている情報が得られた。

 農薬だけを飲むと、とてつもない苦しみに襲われるのだが、農薬を「2液」とした場合、「2液」を飲む10秒前に、意識を失う事ができる「1液」を飲むのである。そうする事で、苦しむべき時には意識はなく、そのまま安らかに死ねるというのだ。

 大悟はそのサイトで、その薬を購入した。


 自宅のアパートで自殺をする考えはなかった。アパートは数日前に解約していたからだ。所謂、終活である。


 大悟は生まれ育った土地で死ぬ事を決めた時から、この方法を考えていた。

 観覧車に乗ってすぐ、1液と2液を飲み、大悟が乗った観覧車が下に来た時には既に意識はなく倒れているのだ。きっと、その時はまだ生きている。しかし、そこから誰かが救急車を呼んだとしても、救急隊員が観覧車のある屋上まで上がってくるには10分はかかるだろう。救急車が病院に着く頃には、彼は生まれる前の状態に戻っているに違いない。


 3分26秒という時間に不安はあるが、もう後戻りはできない。リュックの中で大悟の手は、2つの小瓶を強く握った。


「あの、すみません」その声は大悟に向けられたものだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ