1.強い男は電車に飛び込む
伊藤大悟は、蒲田駅前デパートの屋上遊園地で、観覧車が一周する時間を計測していた。
円滑に自殺を遂行するためである。
当初は別の方法でのそれを考えていた。
駅のホームから、通過する電車への飛び込みだ。電車への飛び込みは即死に至るため苦しくない、らしい。当然、「苦しくありませんでしたか?」と訊ける相手も、答えてくれる相手もいないので、実際には分からない。
ただ、都会での電車への飛び込みは、何万人もの足に影響を及ぼす上、現場目撃者の中にはトラウマで二度と電車に乗れなくなる者、PTSDを発症する者も少なくはない。
生きている時でさえ多くの人に迷惑をかけてきたのだ。死ぬ時まで他人に迷惑をかけたくはない、大悟はそう考えた。
だが、それは言い訳に過ぎないのかもしれない。事実、大悟は数日前、下見のために最寄りの駅を訪れた。特急電車が通過する駅だ。
大悟はホームのベンチに座り、近づいて来る特急電車を見てイメージを膨らませた。どのタイミングで飛び込めば「即死」に至れるか。早すぎれば電車はブレーキをかけ、止まってしまう。遅すぎれば電車の側面に当たり、「単なる重症」で済んでしまうかもしれない。
しかし、実際はそれ以前の問題であった。
足を意識の通りに動かす事ができなかったのだ。電車が大悟の前を猛スピードで通過した時、彼の両足は大きく地団駄を踏むような勢いで震えた。恐怖である。足だけではなかった。膝の上で強く握られた両手は足に呼応する様に大きく震え、心臓の鼓動は激震した。
青ざめた顔の上部から流れる汗は、首筋を通り、シャツにしみ込んだ。下見の段階ですら、イメージの段階ですら、そうなのだ。実際に飛び込むなどもっての外である。
中学生あるいは高校生が、いじめを苦に電車に飛び込み自殺を図るという報道を時折見かけるが、大悟は彼らに対し、恐怖に打ち勝つ強い心を持った人であると、尊敬にも似た感覚まで覚えた。
ただ、現在36歳の大悟の自殺熱望はいじめが原因ではなかった。




