②待ち合わせ
私的な物語は、精神が摩耗します。
新宿は、十代の頃からバイトを掛け持ちしていた、慣れ親しみのある場所だった。
歌舞伎町の一画に、隠れ家だったマンションがある。顔見知りの輩がうろつく事務所、店もある。路地裏、抜け道、危ないといわれる区域。大まかな記憶が戻った今、熟知した夜の街こそ安全地帯なのだ。
駅の東口を出て、ALTAを見る形で待ち合わせをした。
A.いざという時のために、人が多い場所を選んだ
B.相手の帰る路線に配慮した
C.久しぶりに来たかった
電車などの公共交通機関を使うと、大抵パニックの発作を起こす。その都度降り、薬を飲み、ベンチで休む。そんな私にとって、山手線ほどありがたい電車はない。今日は2回で済んだ。外出する時は、降車回数や休憩の時間を考慮し、30分から1時間以上の余裕をもって出るようにしている。
〈駅に着きました。これから上に向かいます〉
〈お仕事お疲れさま。目立つ服着てます。カナリアみたいな色で羽根もついてるので、見つけやすいと思います〉
遂に、決戦の時が来た!
日曜の夜でも、新宿の東口は待ち合わせをしている人が多い。紀伊國屋の前でもよかったのだが、あそこは葉巻を吸っていい雰囲気じゃない。
他人と会うときは必須の薬を2錠多目に飲み、葉巻カッターのいらない簡易な葉巻を咥える。ジッポを持つ手が震えた。なんとか吹かし、平静を装う。
大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫
怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない
薬が効いてきた。動悸が楽になった。うん、街の灯りも怖くない。ネオンwelcome! ざわざわもモーマンタイ!
ポケ灰に葉巻を押し込み、「よし!」と拳を振り上げる。
周囲の人たちがチラッとこちらを見るが、ここはいろいろな人がいるから問題はない。私が少しくらいおかしな行動をとっても、大概はスルーしてくれる。
でも、視線を感じる。チラリや防犯用カメラとは違う、私を追う気配。
「貴様か!」
振り返り、私はスーツを着た青年後半らしい男性に、ビシッと人差し指を突きつけた。
指された男性の顔は疲れているようだった。
さすがに、周囲の視線が集まった。
私は新しい葉巻きを咥え、彼に会釈をしてみた。
「あの、お待たせしてすみませんでした。仕事が押してしまって」
彼は迷ったようすもなく、私に話しかけてきた。
周囲はまた、ただの群衆と成り果てた。
なんなんだ、コヤツは!?
「神山さん、ですよね?」
うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ~~~~!!!!!!!!
一発で辿り着きやがったぜ!
「オレンジの、カナリアみたいな服にストレートロングの黒髪。ハイヒール。葉巻を吸うって……」
悶え踊る私に、臆することなく話しかけてくるとは、大丈夫か!?
「ハイ、私が神山です。ということは」
「どうも、吉岡です」
キターーーー───O( ̄∇ ̄)O──── ヘンタイさんだ!!!!!!!!
「今日は朝から食べる暇がなくて、お腹空いてるんですよ」
そこまで忙しいのかよ、この職業氷河期世代は!?
「オススメのお店とかありますか?」嘘か真か、どんどん進行して行く。
「何食べたいの?」
「いや、特にこれといって……」
「あ、さいざすか」
病みあがり顔の吉岡氏は、ちと面倒くさいヤツっぽい。働き過ぎでやつれた感じなのか、空腹で脳が動かないのか。
「じゃあ、適当でいい?」
「お任せで」
うわぁ~、マジ面倒くさ。
薬が効いているから体調がマシなのか、夜の新宿がハイテンションにしてくれるのか、私は信号が青になると大通りを渡り、抜け道を変えながら区役所通りへ出た。もっと奥の入りにくくても美味しい本場の中華店とか、妖しい店に囲まれた地中海料理店とか、アトラクション飯店とか……。でもそれは、気心の知れた人や親しい人としか行きたくない。
駅からそれほど遠くなく、うるさくなくて、味が良くて……あそこでいいや。
私はキャバ嬢の写真看板を見ながら、空腹を訴えたスーツの青年を振り返る。彼は落ち着かない様子ながらも付いて来ていた。目があった。バリ系エスニック料理店の前で足を止め、親指をグーと立てて見せる。そうして、薄暗い階段をリズミカルに降りた。地下の扉の前に黒服の男が立っていた。
「食事、2名宜しく」
黒服は会釈し、インカムで中へ話を通した。
「喫煙室へご案内致します」
扉を開けられて、彼が背後に立っていることに気がついた。
コイツ、存在感が薄いのか、気配を消せるのか、わかりにくいタイプだわぁ。
日曜の夜のせいもあってか、店内は数テーブル空いている。
席に着き、ドリンクメニューを受け取ると直ぐ、
「クリュッグのロゼを」
喉の渇きを早く癒したくて、真っ先にオーダーした。彼は「お任せで」と言ったのだ。文句はないだろう。服用薬の影響で、私は常に口と喉が渇いている。
フードメニューをパラパラめくり、空腹を訴えていた彼のことを考え、さほど時間がかからず提供されそうな前菜やプレート数皿に、炭水化物はナシゴレンとミーゴレンを頼んだ。他に食べたければ、追加注文をするか、河岸を変えればいいだけのこと。デザートはまたその後の話。
テーブルを挟んで坐る吉岡と名乗った青年は、何とも言えない顔をして店内をさり気なく物色していた。
「和食とかの方が良かったのかな?」
サービスされたシャンパンフルートを手に、乾杯を促す。
ひと息で飲み干した私は、注ぎに来ようとしたソムリエもどきを手で制し、手酌した。
「失礼、喉が渇いたので」
改めて「不可思議な出会いの夜に乾杯」と、シャンパンフルートをかざす。彼がグラスをカチンと合わせてよこした。私は、自分がフライング飲みをしたことより、カチンにカチンときた。日本人は乾杯の時、どうしてグラスをぶつけたがる! キリンやアサヒのロゴ入りジョッキやグラスだろうとバカラだろうと、本来は掲げ合わせるのがマナーだ! と初対面の野郎に言ったところで疲れるだけだ、と、本音をシャンパンで飲み込んだ。
会話らしい会話をする前に、甘辛いピーナツソースが絡んだガドガドサラダ、季節野菜のピクルスが運ばれてきた。サラダを小皿に取り分け彼の前に置くと直ぐ、パクチーと春雨を挽肉で和えた揚げ春巻きが追加された。思っていたより早かった。
彼は「どうもすみません」「ありがとうございます」といい、取り分けると平らげ、取り分けると平らげを繰り返えす。よほどお腹が空いていたのか、飲まずに黙々と食べていた。餌付けをする母鳥の気分さながら、私はピクルスを摘み、飲んで、その気持ちのいい食べっぷりを眺めた。
羊と鶏と海老のサティが片付く前に、ナシゴレンとミーゴレンが並んだ。さすがに頼み過ぎた、押し付け過ぎた。実際、私は他人の前では殆ど食べれない状態で、もっぱら飲み専門だった。
「お酒、好きなんだね」
彼はもはや、取り分けることもなくナシゴレンを頬張った。
「好きだけど、強くはないかな」
「その割には、もう空きそうだよ」
いつのまにか、彼は柔和な笑みを見せるようになっていた。空腹から脱出できたせいなのか、緊張が解けたのかは謎だったが、疲れ果てていた雰囲気も、軽くなったように見える。
「食べないんですか?」
「ん、胃が欲しがってくれないね」
「俺だけこんなに食べてすみません」
「いや、コレの方が全然高いから大丈夫」
瓶を手にして、空笑を見せた。
ん?
そういう問題か?
何かがおかしい……
確か、ウサギの件を話して、今日のことが誤解だと謝って、早々に退散のハズじゃなかったか?
「あ、マジでカラだ」
1本を、殆どひとりで飲んでしまった。
「ゴメンね」
「いえ、俺はビール党なんで、ワインとかシャンパンはあまり飲めないんです」
それを最初にいえよ!
「アサヒスーパードゥラァ〜イッ」
と、「ドリアンシャーベット」
最近はシガーバーとかじゃないと、葉巻カッター使ってくれませんね
アルカポネみたいに持ち歩いている人がいたら、それはそれで怖いかも。




