第8話
白狐族の獣人、ササの住んでいた里は、悲惨な状況だった。
森に囲まれたこの里は、簡易な柵が周りに施されているだけで、容易に侵入できる状態になっている。
木で作られた小屋や里の中を巡る家庭用通路の傍には斬り殺された獣人達が至るところに転がっており、逃げ惑う獣人達を狩りでもしてるかのように楽しみながら追いかけ回す荒くれ者達が何人もいた。
そんな状況を見てしまったハクは、手を翳し、襲いかかる人間達を悉く消し去っていく。
ササは、ハクの背中から降り、里の中を走り回っている。誰かを探しているようだ。泣きながら、声にならない叫びをあげながら……
もう、10名以上は消したはずだ。残りは数名だろう。
それに、奴隷商人らしき人物が見当たらない。
女子供を集めた場所で、値踏みでもしているのだろうか……
「ハク、最後の人間達は、私がやる」
「あぁ……構わないが、もう、腹が減ったのか? 」
「違う。記憶を映し取る為」
「……わかった」
キリコになっているヒュドラは、その奴隷商人がいる場所に向かった。そこは、この里の長の家で広間の、縛られている女、子供の獣人が十数名程いた。
キリコは、警戒することもなく、その家に入っていく。そして、その家から男の悲鳴と、末期の叫びが聞こえてきた。
何食わぬ顔で出てきたキリコは、ハクにこう告げる。
「この国のここを管轄する領主の仕業。奴隷達を売り渡し、資金を得る為」
「そう言うことか……」
ハクは、これ以上は関わるつもりはないようだ。人間どもの政治など裏では、悪どい事ばかりなのを承知しているかのようだ。
ササは、その家に駆け込んだ。
泣き叫び、再開を喜ぶ声が聞こえる。
「知り合いに会えたのか……」
ハクは、その場を立ち去ろうとしていた。
「ハク、待て……」
キリコの言葉にハクは立ち止まった。
「何処に行くつもり……? 」
「ここには用が無い……」
「ハクは感情も壊れちゃってるみたいネ〜〜」
「少し、用を思い付いただけだ。すぐ、戻って来る」
「それならいいけど……」
キリコからヒコに変わったヒュドラは、ハクの後ろ姿を見ながらつまらなそうに話す。
「いいわ。ちょっと、待ってて」
ヒコは、何かを唱えているようだ。ハクの身体が淡く光る。
「ヒコ、何をした? 」
「これで、ハクの場所がわかるようになったわ。逆に、ハクも私の場所がわかるはずよ。心で念ずれば、お互いの場所に転移できるわ」
「俺には、必要ない……」
「私にあるのよ。私は、少し、ここに残るわ。里を少しは立て直さないとネ」
「そうか……」
「それから、ハク。貴方は、感情や記憶が消えたんじゃないわ。それだけは言っておくネ」
「それは、どういう意味だ……」
「いずれわかるわ。すぐに、また、会えるしネ」
「…………」
ハクは、そのまま、その里を出て行った。
「俺の記憶や感情は消えたわけじゃない……」
ハクは、ヒコが言った言葉を呟いていた……。
◇◇◇
ハクは、森に引き返し、今、邪龍が住んでいた山頂に来ている。
何故ここに戻ったのかは、ハクしかわからないが、山を下り始め、オークの住処があった横穴に入って行った。
ここには、もう誰もいない。静寂さの中で、ハクの足音だけが響いている。ハクは、奥の広間に行く。そこは、キングオークがいた場所だ。その奥には、財宝がまだ、たくさん残っている。
ハクは、今度は、その財宝を1つ残らずバッグに仕舞い、この洞窟を後にした。どうやら、ハクは、このお金で白狐の里の復興資金に当てようと考えていたようだ。感情が完全に無くなっていれば、そんな事を考える事はないだろう。ヒュドラの言った言葉は正しかったのかも知れない。しかし、ハクは、その事に全く違和感を感じてないようだ。
そして、今まで、住んでいた滝壺のところに戻る。当たり前だが、もうあの男女は、其処にはいない。ハクは、その場所で夜を明かした。
◇◇◇
ここは、レイフル国王都、冒険者ギルド。
冒険者という職業の者が依頼を受け、賞金を受け取る場所で、その管理をしている場所をギルドと呼ぶ。危険な仕事も多く、稼ぎは良いが、命の危険のある職業だ。
そこのギルド長室では、今、冒険者の報告をギルド長が聞いていた。
「そうか……キングオークまでいたのか……」
ギルド長である、タギシンは、そう報告を受ける。ギルド長室には、オークの動向を探る為、派遣されたAランクパーティーの男女3人がいた。
「サニーもスグレスも殺されてしまった……俺達は、命からがら逃げ出して助かったんだ……」
「そうか……残念だ。サニーもスグルスも優秀な冒険者だった……」
ギルド長は心痛な思いで、言葉を絞り出していた。
「それから、森の滝壺のところで、妙な奴を見かけたぜ! 黒髪だったのが、一瞬で白髪になっちまった」
「滝壺のところでか……うむ? 今、白髪になったと言ったか? 」
「あぁ……急に現れて逃げて行くんで、気になって後を少し付けたんだ。そしたら……」
「もしかして……ちょっと、待っててくれ」
ギルド長は、デスクの上にある書類に目を通した。間違いなく白髪の青年と書かれている。
「これは……教会に報告しないと……」
ギルド長、タギシンは、使いの者を呼び、直ぐに教会に向かう準備をした。
「君達には、特別な報奨金を用意しよう。明日までには、用意しておく。取りに来てくれ。俺は、悪いが、用事ができてしまった。詳しくは、副ギルド長に聞いてくれ」
そう言い残し、ギルド長は、忙しそうに出て行ってしまった。
取り残された男女は、訳がわからない様子だった。
◇◇◇
教会では、ギルド長の報告を受け、白髪の青年、神から異端者と認定された者の討伐隊が編成されていた。
神の御子として教会で暮らしていた王家第2王女ユリシーナは、勇者召喚のために、王宮に戻っている。
今回、第2王女が王宮に戻ったことにより、その護衛の任務を一時的に解かれたキャサリンは、異端者討伐隊の魔法師護衛という役務で参加する事になった。これが、初めての実戦である。
緊張を隠せないキャサリンに修道騎士団長スベルトは、声をかける。
「危険人物とは言っても相手は1人だ。そう緊張する事は無い。普段通りにしていれば、キャサリンなら大丈夫だ」
「はい。お気遣いありがとうございます」
「うむ。肩の力を抜くんだぞ」
「では、出発する。今回は、白髪の青年。異端者の捕獲、もしくは、討伐だ。相手は1人だが油断はするな。いつもどおりに行動すれば、間違いはない。では、行くぞ! 」
『オォーー!! 』
修道騎士団は、情報が寄せられた滝壺周辺の捜索に向かった。王都からは、馬で半日でついてしまう。
そして、修道騎士団は、木の下で寝ていたハクを見つけ、その惨劇が起こってしまった。
◇
ハクに手を翳され、甲冑を消されたキャサリンは、何が起こったのか、理解するまで時間がかかった。
ハクが、後ろに向く時に覗かせた悲しそうな目が心に刻まれる。
腰が抜けて、立ち上がろうにも思うように身体が動かない。
キャサリンは、ハクが森に消えていくまで、見ている事しか出来なかった。