第4話
彼は、一晩、その突き出た岩の上で過ごし、翌朝には、登って来た反対側から山を降りた。上から見たら深い森が続いているので、彼は、そう決断したようだ。
身体が軽い為、跳ねながら山を降りる。時には、数百メートル落下する様な跳ね方をしていたが、着地も軽やかにこなしていた為、怪我などはする事が無かった。
彼は、水を求めていたようで、上空から見て、その場所をある程度認識して進んでいた。
しかし、森は、濃い霧に阻まれていた。右も左もわからない程に……
この森は、古来からヒュドラという怪物が住んでおり、この世界では有名な「ヒュドラの森」と呼ばれていた。
危険な森の為、その場所に近づく人間はいない。
彼は、もちろん、そんな事は知らない。ただ、水を求めていただけである。
この霧の中を彷徨っていると、身体が痺れて動きが悪くなってきた。この霧は、ヒュドラの霧で、神経毒が混じっている。ここに迷い込んだものを、その毒で動かせないようにして喰らう為だ。
彼は、自分の身体に手を当て
「身体に悪い影響を及ぼすものは消えろ」
と呟いた。
すると、回復しだすが、また、同じように苦しくなる。彼も、霧のせいなのでは? と気づいたようだ。そして、
「霧よ!消えろ! 」
彼がそう唱えると、一瞬、霧は消えるが、すぐに、元のように霧が立ち込める。それを、何度か繰り返し、無駄だと悟った彼は、
「霧の中に含まれる人体に悪い影響を及ぼすものは消えろ! 」
と言い直した。
すると、今度は、効果があったようで、いくら霧を吸い込んでも身体は痺れてこない。
彼は、長い時間、その霧の中を彷徨っていたが、とうとう、目的の小さな湖のような池に辿り着いた。
早速、彼は、その水を飲もうとすると、突然、その池から三首の大蛇のが現れた。
彼は、手を翳しその大蛇を消し去った……はずだが、
その大蛇は、すぐに復活した。そして、中央の蛇が口を開け、火炎を放つ。その威力は桁違いだったが、彼は、手を翳し、水を飲みながらその火炎を消してしまった。
次は、向かって左の蛇が口から風を放つ。この風に触れれば、普通は切り刻まれてしまうのだが、彼は、その風も消してしまった。
そして、右の蛇が口から霧を放つ。この霧は、この森を覆っている霧と同じだ。その霧の中には、毒が入っている。
彼は、面倒くさそうに立ち上がり、その霧を消す。そして、手を翳したまま、大蛇の本体を消した。大蛇がすぐに復活する理由はわからないが、戦うには厄介な相手だという事は理解した。
それを、何度か繰り返すうちに急に声が聞こえた。
「もう〜〜なんなのよ〜〜貴方は〜〜化物なの? 」
「ヒコ、化物は私達。彼奴は人間」
「人間にしては、おかしいですよ。普通なら百万回死んでますよ〜〜」
三首の蛇が会話しているらしい。彼は、そんな、大蛇を見て、また、手を翳した。
「待った! 待った! もう、辞めにしない〜〜? 」
「生産的ではない」
「もう、キリコもヒコも良いのですか? 人間にやられっぱなしでも〜〜」
「でも、彼奴、私達の攻撃、消しちゃうし……」
「ヒコの言う通りです。これは、私達が存在して以来の事。詳しく調べる必要がある」
「本当に良いのですか? 殺されちゃうかもしれないんですよ」
「私達は、死なない」
「消されても直ぐに復活できる」
「それはそうですが〜〜」
三首の大蛇は、それぞれの首と話している。名前まであるようだ……
「ねぇ〜〜貴方、人間なの? 」
「…………」
「名前を尋ねてみても? 」
「…………」
「ほらっ、あの人、変です。完全無視されてます」
「違う……無視はしていない」
「えっ、無視してないんですか? 」
「あぁ……名前も、俺が何者かもわからないだけだ……」
「あっ、そう言うことネ。きっと、記憶をなくしたのネ」
「ヒコ、それは違う。きっと、私の霧で頭の脳味噌がやられた……かな? 」
「フウコはこう思います。あの人間は、きっと、幻なんです」
「俺は、俺だ。幻でも何でも無い……」
「会話は成立するようネ」
「興味深い。研究対象として捕獲すべき」
「キリコ。無理ですよ。消されちゃいますよ〜〜」
「俺は、喉が渇いて水を飲みたかっただけだ。もう、用は済んだ」
彼は、大蛇に背を向け、何処かに行こうとしていた。
「待ってよ〜〜貴方、面白そうだから、もうちょっと話そうよ」
「人間と会話したのは、初めて。とても、新鮮」
「何で引き止めるんですかーー! 帰るって言ってるのですから帰ってもらいましょうよ」
大蛇の首は、彼に興味を持ったらしい。1つの首を除いてだが……
「貴方、何処に行くつもりなの? 」
「アテなど無い……ただ、その日を生きるだけだ」
「完全、浮浪者の言葉吐いてますよ〜〜関わらない方が良いですよ〜〜」
「フウコ、私達も似たようなもの。存在に目的は無い」
「そうネ〜〜みんなで、外の世界見てみない? もう、ここも飽きたし……」
「ヒコ、それ、グーーッ! 」
「キリコもそう思う? 」
「私はそうは思いません! 危険な事はしない主義です」
「おい! 蛇! 何を言ってる? 」
「ほら、怒ってますよ〜〜浮浪者が〜〜」
「貴方に興味が出てきたから、着いて行こうと思っただけよ。悪い? 」
「興味深々」
「そんなデカイ蛇なんてごめんだ」
「じゃあ、人間みたいになれば良いのね? 」
「決まり。言質は取った」
「やめましょうよ〜〜関わるのは〜〜」
「何を言っている? 」
「デカイ蛇の身体ではダメなんでしょう? ちょっと、待ってて、直ぐ、できるから……」
真ん中の蛇がそう口走ると、その大蛇は、光を放ち、人間の少女になった……
「ほらね。直ぐだったでしょう? 」
赤い髪の女の子がそう話す。
「この姿も悪くない」
赤い髪の女の子が水色の髪の女の子になって喋っている。
「これが、人間ですか〜〜違います。興味じゃありません! 」
今度は、水色の髪の子から緑色の髪の子に変わった。
どうやら、胴体は1つで顔と髪が変わる度に、三首のそれぞれの性質が出るようだ。
「お前は、何なんだ? 」
「ヒュドラですけど、何か? 」
「ヒュドラ? 」
「えぇ、そうよ。この世界ができると同時に存在したのよ。意味は無いわ」
髪の毛が赤く変わってそう答える。
「存在に意味がない……か」
彼は、何かを思っているようだ。もしかしたら、自分と重ね合わせたのかもしれない。
「とにかく、これを着ろ。人間は、服を着るものだ」
彼は、バッグからオークの住処から奪い取った服をその少女に渡す。少女は、着方がわからないようで、スカートを頭に被っていた。
彼は、面倒くさそうに、その少女に服を着させた。記憶は失っても、そういう生活習慣の事は覚えているらしい。
「これが、服なの? 」
「益々、興味深い」
「なんかきつくないですか? 締め付けられてるみたいで〜〜」
少女を見てると、パッと頭部が変化して、それぞれ喋っているので、見ていると目が回りそうだ……
「その首どうにかならないのか? 目が回りそうだ」
「こっちのが良いの? 」
少女の首がいきなり3つ現れた。1つの胴体に生えてるその首は異常だ……
「い、いや、前のでいい……」
彼は、少女に元に戻るように求めた。少女は、赤髪の少女になった。
「で、貴方、名前無いの? 」
「わからないだけだ……」
「じゃあ、私がつけてあげる。髪が白いから、ハクでどう? 」
「ハク……何でも良い」
「じゃあ、決まりネ。私はヒコよ」
「私はキリコ」
「私はフウコです〜〜」
赤髪の子はヒコ、水色の髪の子はキリコ、そして、緑色の髪のコはフウコというようだ。
彼は、人を避けるように行動してきたが、人外なら大丈夫なのかも知れない。この世界に来て、初めてまともに会話ができる。
それに「ハク」という名前も得る事が出来た。
彼には、奇妙なツレが出来たようだ……。